黒獅子
帝国歴457年、魔核輸送隊は山岳地帯の峠で夜営していた。
深い闇に包まれた谷間に、焚き火の明かりが点々と灯る。
護衛部隊の騎士たちは交代で見張りにつき、魔導士たちは魔核の封印を維持しながら静かに休息をとる。
隊全体が疲労に包まれていた。
「あとどれくらいで帝都に着く?」
副隊長のヴォルフが、地図を睨みながら呟いた。
「順調に進めば、あ1ヶ月ほどだ。」
隊長のグレンが応じる。
「……順調に進めば、な。」
ヴォルフは険しい表情を浮かべた。
この峠は魔物の出現率が高く、過去にも多くの隊が襲撃を受けていた。
だが、彼らが警戒していたのは魔物だけではない。
魔核が発する異常な魔力。
それは魔物を狂わせ、時に普段は人里に降りてこない強大な存在をも引き寄せる。
この数日、輸送隊は小規模な魔物の襲撃を幾度となく受けていた。
だが、隊の者たちはそれを「想定の範囲内」として処理していた。
——その油断が、悲劇を招くことになる。
夜半、隊が静寂に包まれる中、突然警鐘の音が響き渡った。
「敵襲!」
見張りの騎士の叫びが、闇にこだました。
次の瞬間、地響きとともに、漆黒の巨影が現れた。
「……あれは……!」
グレンの表情が凍りつく。
深紅の瞳、漆黒の鱗、そして圧倒的な威圧感——
それは、この山岳地帯において最強の魔獣。
「黒獣王バロウ……!」
ヴォルフが低く唸る。
バロウはこの地の覇者。
縄張りに踏み入った者は、いかなる理由があれど容赦なく葬る。
しかし——なぜ、今まで現れなかったバロウがここに?
「魔核……か」
グレンが悔しげに呟いた。
魔核の放つ膨大な魔力が、バロウの興味を引いてしまったのだ。
そして、何よりも厄介なのは——
「迎撃準備! だが、魔核を守りながら戦えるか……?」
バロウはただの魔獣ではない。
その一撃は岩を砕き、風を裂く。
まともに戦えば、魔核を護りきれない。
かといって、逃げれば確実に殲滅される。
この戦い、どう転ぶかは——
隊の判断次第だった。