薙ぎ払い
荒野に、怒号が飛び交っていた。
「動けるスラッシャー部隊はニードルをばら撒け! バルムンクを援護しろ! 傷口を狙え!」
司令塔からの鋭い指示。
次々と姿を現す、帝国製の小型機械人形たち。
四肢を駆動させながら疾走し、ミリアの戦域へと突入していく。
スラッシャー型支援機——軽装高機動型の機械人形部隊。
装備しているのは、連装型の高速貫通ニードルガン。
その弾丸が、グラディアの傷ついた鱗へと一斉に集中する。
「撃て撃て撃てッ!!」
空気を裂く無数の銃声。
火花が飛び、氷で薄く亀裂の入った鱗に細かな針弾が食い込んでいく。
「今よミリア! 傷が広がってる!」
後方からの無線に、ミリアが即座に応える。
「了解、仕留めるッ!」
《バルムンク》が低く地を這うように接近し、再び《フロストブレード》を閃かせた。
傷口を狙い、斬りつける。
グシャァッ!
凍った鱗が砕け、内部の赤黒い肉が露出する。
グラディアの巨体がのたうち、咆哮が空を裂いた。
「やったか!?」
だがその瞬間、支援部隊から新たな警告が走る。
「グラディア、喉部が発光! ……熱光線来るぞ!!」
後方支援部隊からの緊急警告が、全軍に響き渡る。
けたたましいアラートと同時に、帝国軍の視線が一点に集まる。
だが——
「……あれ……おかしい。あいつ……ミリア機じゃない……?」
最前線に構える《バルムンク》には目もくれず、
地竜グラディアの鋭い眼光は、戦線の遥か後方を見据えていた。
「……固定砲台群を狙ってる!!」
その瞬間、帝国軍の誰もが察した。
グラディアが狙っているのは、最前線ではなく——
決戦兵器として後方に配備された、複数の長距離固定砲台だった。
帝国の叡智を結集して建造された巨大砲塔。
魔導エネルギーと物理弾頭を併用し、遠距離からの支援砲撃を可能とした要塞兵器。
それがいくつも、グラディアの射線上に並んでいた。
「砲台の人員、退避急げ!! あれはやばい、逃げろッ!!」
現地の指揮官が叫ぶ。
だが、もはや遅かった。
グラディアの喉元に溜まった光が、臨界を超える。
空気が震え、まるで世界そのものが一瞬息を止めたかのような静寂が、戦場を包む——
——そして。
「ズドォォォォォン!!!」
灼熱の光が、地を焼き、空を裂き、一直線に吐き出された。
その光線は、もはや「線」とは呼べなかった。
幅数十メートルにわたる超高熱の奔流。
それはまさに、竜が吐き出した“炎の濁流”。
砲台A、着弾。爆発。
砲台B、数秒の遅れで崩壊。
砲台C、吹き飛ばされ、燃え上がる瓦礫の山と化す。
「うわああああああっ!!」
逃げ遅れた整備兵が、巨大な爆風に吹き飛ばされる。
地面を滑走し、かろうじて命を繋ぐ者もいれば、
砲台ごと蒸発した者もいた。
轟音と閃光、悲鳴と破壊音が入り混じり、戦場が真紅の地獄と化す。
次々と連鎖する爆発。
蓄積された魔力炉が破裂し、空に向かって黒い煙と雷光を放つ。
「全砲台、沈黙……!」
通信官の声が、震えていた。
戦場を見渡すミリアの視界にも、焼け焦げた砲台の残骸が映っていた。
かつては帝国が誇った巨大構造物たち。
それが今では、ただの鉄の塊と化していた。
「……全部、やられた……ッ!」
ミリアが歯を噛みしめる。
グラディアの放った熱光線は、一発で帝国の重火器群を“薙ぎ払った”。
正確に、冷酷に、そして容赦なく。
「……これが、あいつの……“本気”か……!」
燃え上がる砲台群を背景に、グラディアは微動だにしなかった。
まるで、その破壊の結果を当然とでも言うように。
その巨体からは、まだなお、灼熱の気配が残っていた。
「スラッシャー部隊は生存者の救出に向かえ! それと後方警戒を強化しろ! まだ熱光線が来るかもしれん!!」
「了解!」
通信が錯綜するなか、誰もが理解していた。
今の一撃はただの“先制”に過ぎない。
グラディアは——本格的に殺しにきている。
そしてこの戦場に、すでに後方火力の支援は存在しない。
残されたのは、最前線で戦う者たちと、届かぬ援軍。
ミリアと《バルムンク》が、今や唯一の“盾”だった。
「……私が止める……」
炎の中に立ち尽くす巨大な竜に向かって、ミリアが呟く。
「こんなところで、終わってたまるか……!」
静かにブースターが再起動され、冷却ブレードが青白く再び輝きを取り戻す。
彼女の決意が、今、帝国の命運そのものになろうとしていた。
——決戦は、まだ終わっていない。