オマケ1
――カモがいる。
乗り合い馬車から降りた若い若者二人組を見て、ゴッツはほくそ笑んだ。
平民の衣類を着ていても、慣れ親しんだ所作は隠せない。背の低い少年は物珍しげに辺りを見回していて、いかにも世間知らずの貴族の坊ちゃんといった感じだ。
隣の青年は上手く隠しているようだが、そちらも洗練された所作をしているので、おそらく坊ちゃんに仕える侍従だろう。
他に護衛がいるかと気配を探ったゴッツだったが、本当に二人しかいないのを確認してニタリと笑った。
馬車止めから町中へ歩き出した二人組の後を追う。
すると同じタイミングで物陰から男が一人出て来た。
同業者なのを確認して、ゴッツは一睨みする。男はゴッツと目が合うと、チッと舌打ちして踵を返した。
競争相手を退けたゴッツは、満足しながら尾行を続けた。
この町の裏稼業の連中は大体顔見知りだ。ゴッツはその中でも年齢が上なので、今のように年下なら争わなくて済む。
若い二人組が宿屋へ入ったのを確認して、ゴッツは一旦引き返した。
夜にまた戻って来る為に。
夜が更けてから、ゴッツは再びその宿屋へ来た。
通りから灯りの点いている部屋を確認し、どの部屋にあの二人組が宿泊しているのか当たりをつける。
そして誰もが眠りにつき、物音もしなくなった深夜の遅い時刻。ゴッツは行動を開始した。
この宿屋は部屋数が多くない。今は祭りのシーズンでもないので、空室もある。
当たりをつけていた部屋の鍵を、専用の道具を使ってこじ開けた。手応えがあり、扉が開いた。
しかし最初はハズレだった。目的の若者達ではなく、中年夫婦が眠っている。
ゴッツは静かに退出し、別の部屋へ取りかかる。
手当たり次第の部屋を漁ると騒ぎが大きくなるので、ゴッツは一晩に狙うのは一つのターゲットと決めていた。盗めるからと全てに手を出すのは素人だ。
だからゴッツは一番、実入りのよさそうなターゲットを絞る。今夜はあの若者二人組だ。
坊ちゃんは貴族子息のようだったので、金を持っているだろう。最初はお忍び旅かと思ったが、それにしては護衛も連れておらず、無防備すぎた。
尾行している途中で気づいた。侍従の男と手を繋いでいて、とても親密そうに笑顔を向けている。駆け落ちだったのかと理解した。
男同士の身分違いの恋らしい。逃亡資金をたんまりと持っていそうだ。滅多にお目にかかれない上等なカモだと、ゴッツは喜んだ。
そして二番目の部屋で当たりを引いた。
部屋は大きくないので、二、三歩踏み込めばベッドが見える。手前のベッドはこんもり盛り上がっていて、窓際のベッドにすやすや眠る坊ちゃんの顔が見えた。
にんまりと口角を上げたゴッツは、荷物の置き台に音もなく忍び寄った。そっと鞄に手をかけた瞬間、背後からガッと口を塞がれて目を剥いた。
「声を出すな」
耳元で囁かれたのと同時に、喉元にひんやりとした感触を感じた。
ゴッツは反射的に抵抗しようとしたが、背後から回された手にがっちりと拘束されていて身動ぎすら出来ない。
「うぅ……」
「声を出したら斬る」
「……っ」
そのまま流れるような仕草で廊下に連れ出された。扉の開閉音もしなかった。
決して小柄ではないゴッツを拘束したまま、後ろの男は耳元で囁く。
「目的は金か、命か。両方か」
口を塞がれているので返答できないが、思わずぶるぶると首を横に振った。
「こそ泥か」
うんうんと大きく頷く。
そこでようやく男から発せられる殺気が緩んだ。
「今夜の事を人に話したら……」
ゴッツはぶるぶると首を横に振った。誰にも言わない! という意思表示だ。
しかし男は背後で笑った。
「お前らのような人間は秘密を守れない。酒を飲むと簡単に口を割る。酒場で大声で話す」
「……っ!」
違う! とゴッツは首を必死で振り続ける。
「今度この町に来た時に、俺の話だと思われる噂を耳にしたら……どうなるか分かるな?」
「ひっ……!」
「お前の名は」
唇が恐怖で戦慄いたが、嘘など到底つけない。蒼白のゴッツは正直に名乗った。
「ゴッツか。覚えたぞ」
不意に乱暴に放り出されて、ゴッツは廊下に膝をついた。
振り返ると誰もいなかった。扉の開閉音もしなかった。
今のはおそらく、あの坊ちゃんの連れ……侍従だろう。でもあの殺気……あれは本職だ。
ぶるりと身体を震わせたゴッツは、慌てて宿屋から飛び出した。
遠くまで逃げても、あまりの恐怖に鳥肌が治まらなかった。
数日間、ゴッツは自宅に引き篭もった。
あの二人組がこの町に留まるとは思わなかったが、もしかしたら二、三日滞在するかとしれないと思うと、外へ出られなかったのだ。
しかし食料が底をつき、おそるおそる外出した。
あの二人組が絶対に来ないであろう、治安のよくない場末の酒場に足を向けた。
チビリチビリと酒を飲みながら食事をしていると、この間、獲物を譲らせた同業者がやって来た。
「おう、この前のカモはどうだった? いい金になっただろう?」
「……そこそこだ」
ゴッツは失敗したと言わなかった。
正直に白状すれば「どうしてだ?」と疑問を持たれる。あんなチョロそうなカモ相手に失敗するのは滅多にない。それで興味を引いて追及されても、馬鹿正直に答える訳にはいかないのだ。
「そうか? 世間知らずの貴族のお坊ちゃまに見えたんだが……」
「貴族でも裕福とは限らないようだ。俺も期待はずれでガッカリしたよ」
「そうか」
男は納得してくれたようで、あっさりと去って行った。
ゴッツは密かに息を吐く。
あの翌朝、鏡で自分の喉を確認したが、傷などついていなかった。でもあの時は確かに肌を斬られたような気がしたのだ。
そんな錯覚をさせるほどの殺気を、ゴッツは初めて体感した。
おそらくあの男は何人も殺している。根拠のない想像だが、間違っていないと思う。
どこにでもいるような凡庸な容姿の青年が、まさかそうだなんて誰が思いつく? まだ若いのに、どうやって場数を踏んだ?
そこまで考えて、ゴッツはぶるぶると頭を振る。
いや、この世には知らない方がいい事がある。あの男が何者かなんて知らなくていい。考えなくていいのだ。
命拾いした幸運を噛み締めながら、ゴッツは安酒をじっくり味わった。




