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フランは目を開けた。
全身が痛む。頭がぼんやりして視界が歪む。全身が熱い。
「目を覚ましたかい? 少しでも水を飲みなさい。ゆっくりでいいから」
年配の男の声がした。
それと同時に口に何か宛がわれ、水が口内に入ってきた。苦い粉も流し込まれた。
フランは朦朧としながら、されるがままだった。
それを何度も繰り返された。
引き摺りこまれるように眠りに落ち、たまに目覚ました時に水を飲まされる。胸元と脇腹が特に痛むので寝返りも打てない。
誰とも分からない介助の手が差し伸べられて、問答無用で動かされる事もあった。その度に痛みに悶えたが、ゆっくりと確実に痛みが引いていった。
どれほどの時間が過ぎたのか分からない。やがて意識がはっきりと保てるようになり、起きている時間も増えた。
白髪頭の壮年の男性は医者だと、声で何となく分かった。
寝かされているのは自分のベッド。視界に入るのは馴染みのある、粗末な小さな部屋だ。
寝ている体勢では見えない場所に、もう一人いるようだ。陶器の鳴る音で分かる。医者が薬を催促したので、薬師だろう。この部屋で調合しているのだろうか?
フランは薬を飲むと眠くなる。おそらく睡眠作用のある薬だ。確かに今は強制的に眠らされた方が、痛みを感じる時間が減って楽だ。
身代わりを救う為に、医者と薬師が二人でつきっきりで看病してくれたみたいだ。どうやらフランを死なせたくない理由が伯爵にはあるらしい。
珍しい髪色のせいだろうか。
フランを失えば代わりを見つけられないかもしれない。命を狙われたせいで、身代わりの重要度が上がったのだろう。
ゆっくりと時間をかけて手厚く治療されたお陰で、フランは回復していった。まだ痛みはあるが、縫合された傷は何とか塞がり、寝返りも自分で打てるようになった。
ある日、伯爵と子息が部屋にやって来た。
「どうだ? 治ったか?」
「はい。順調に回復しておりますよ」
医者の返答に満足そうに頷いた伯爵は、子息を伴って部屋を出て行った。
子息の顔色は少し悪かったが、あの後、襲われてはいないようだ。
フランは自分の身体をゆっくりと動かして確認をする。身動ぎすると、まだ少し痛む。
あの傷で助かったのか。
死んだと思った。
でも治ったらまた身代わりとして働くのか。
また襲われるかもしれない。
今度こそ助からないかもしれない。
助かっても、こんな風にまたベッドの上で動けない療養生活を強いられる。
その繰り返しを、これからもずっと体験しなければならないのか?
それが身代わりとしての自分の人生……?
暗々たる気持ちでぼんやり佇んでいると、医者が部屋を出て行った。
代わりに薬師がベッドに近寄って来る。
「起きられますか? 薬を飲みましょうね」
優しい声で促されて、水と薬を差し出された。これまでは医者に介助されていたので、薬師の顔を見たのは初めてだった。
肩まで伸びた黒髪に茶色の瞳。眼鏡をかけて優しく微笑むその顔は、見た事がなかった。
しかしフランはカッと目を見開いた。
次の瞬間、近くまできたその顔を思いっきり引っ叩いた。
「――ッ!」
ビンタの衝撃で眼鏡が吹き飛んだ。カシャーンという金属音を鳴らしながら床を滑る。
大きな動きをしたので痛みが走り、フランは胸元を掴んだ。驚きで目を瞠る薬師を怒鳴りつけた。
「僕を殺そうとした! やっと会えたのに!」
「フラン……」
ぶたれた片頬を赤く腫らしながら、薬師は嬉しそうに破顔した。激昂するフランの肩をそっと抱き寄せる。
しかしフランは痛みを堪えながら、また手を振り上げて、今度は反対側の頬を叩いた。バシッと鋭い音が鳴る。
薬師も抵抗しなかった。両頬を赤く腫らしながら、泣きそうな顔でフランにされるがままになっている。
「迎えに来るって! そう言ったのに!」
「すまないフラン。本当にすまない……」
薬師の目から大粒の涙が零れ落ちた。
大事そうに懐に抱き締めたフランの背中を、ゆっくりとゆっくりと撫で続けた。