EP2 軍勢と白旗
ガン!ガン!ガン!
牢の扉を叩く音が、細い廊下に鳴り響いている。
「おい、まだ壊せないのか?」
「これでも、精一杯叩いてるんだ!」
「そんな木でできた扉なんぞ、一撃だろ!」
「なら、おまえがやってみろ!」
兵士たちが懸命に牢の扉を破ろうと、
重そうな鉄の大ハンマーを扉に叩きつけている。
ガン!
古びた木製の扉は大ハンマーの一撃に
平然と耐えている。
腕まくりをしながら、交代した兵が大ハンマーを
振るい続ける。
ガン!ガン!ガン!
古びた木製の牢の扉は傷一つ付かない。
「いったいどうなってるんだ!」
兵士たちは交代で扉をガンガン叩き続けていた。
その音で本間は目が覚めた。
体中がきしむように痛む。
口の中もまだ血の味がする。
牢の小さな窓からは陽が差し込んでいた。
牢屋に入れられた時は星空が見えていたはずだ。
どうやら一晩丸々眠っていたらしい。
扉を叩く音が、まだ痛む体に響く。
縄で縛られている手で傷をさすりながら、
本間は自分の体を確認する。
以前は太って邪魔になっていた腹の脂肪が、
すっかり無くなっている。
腕にも足にもついていた脂肪もない。
自分の体の変化に改めて驚く。
そして、この異様な状況が信じられなかった。
・・・異世界なのか・・本当に。
異世界に転生して、どうやら兵士のいる場所に、
出現してしまったらしい。
・・・運がいいのか、悪いのか?
とにかく、今は生き延びないといけない。
兵士たちに、また殴られたら殺されかねない。
今も悪態をつきながら、
兵士たちが扉を破ろうとする音が鳴り続いている。
本田は手首の縄を切る為、噛みちぎろうと試みる。
・・・硬い。
部屋になにか切れそうなものがないか探す。
ガランとした牢にはベッドすらない。
古びた木の椅子が一脚あるだけだ。
隅に崩れたレンガの欠片が落ちていた。
何とか、欠片で縄を切れないか試す。
・・・よし!
欠片の角が鋭利になっていて、何とか切れそうだ。
少しずつ縄を切っていく。
「おい、まだか!」
兵士達の声とは違う声が聞こえてきた。
「はい、すみません。この扉びくともしません。」
「二人もいて、どうにかならんのか!」
「はい、すいません、分隊長。」
「鍵穴が無くなったのも、扉が壊れないのも、
我々にはどうなってしまっているのか・・・。」
「いいから、早くこじ開けろ!この馬鹿者が!」
ご立腹の分隊長の叱責が続いている。
本間はその間も少しずつ縄を切りすすめる。
「分隊長、大変です。軍勢が見えます。」
叫ぶような上ずった声が聞こえた。
「・・・何、軍勢?」
軍勢と聞いて、
外の兵士たちの動きが慌ただしい。
もはや、牢屋の扉に関わっている暇などない。
扉を叩く音が鳴りやんだ。
本間も外の様子が気になった。
小さな窓から外の様子を見ようと、
椅子を使い、窓から覗くも、外がまるで見えない。
・・・クソ、窓が小さすぎる。
だが、かすかに分隊長たちの声が窓から聞こえる。
「兵の数はどれくらいだ?」
「兵の数はおよそ50。」
「多いな、気が付かれないうちに撤収するぞ。」
「はい。撤収だ、撤収。」
声とともに建物内で兵達の動く音がする。
やがて、その音が遠くなり、聞こえなくなった。
・・・まずい、俺も逃げないと。
本間は焦りながら、縄を切る。
兵とともにどこかへ逃げ出したいが、
縄で手を縛られ不自由なまま、
外に出るのあまりにも危険だ。
下手をするとまた捕まるかもしれない。
しばらく経ってからやっと手首の縄が切れた。
急いで牢から出ようと扉を開けた時、
『籠城スキルを解除しますか?(はい/いいえ)』
声とともに画面が目の前に現れた。
・・・この画面、やはり夢ではなかったのか。
そう思いつつ、スキルを解除する。
すると、扉と牢内が一瞬輝き光る。
瞬間、扉に鍵穴が現れ、鍵穴つきの扉に変化した。
スキルの不思議さに驚きながらも、
今はそれどころではない。
早く逃げないと。
建物内を歩き出す。
内壁には亀裂が走り、
開いた穴から風が吹き抜けていた。
この建物を守っていたはずの兵の姿は、
どこにも見当たらない。
まずは外の様子が知りたいので、
見つけた階段を登り屋上に出る。
そこで初めて建物の全容がわかった。
レンガのもろさや建物の形状からいって、
この建物はだいぶ昔に廃墟になった
小さなレンガ造りの砦跡なのだろう。
屋上は城壁の上の細い通路につながっている。
通路の外側には腰ぐらいの高さの壁があるが、
所々が大きく崩れ、城壁の体をなしていない。
四隅に小さな尖塔がある。
いま登ってきた尖塔を除き、
他の三つの尖塔はすでに崩れ落ちていた。
レンガ造りの崩れた古砦が
小高い丘の上にあるのだ。
その丘の周りには四方に森が広がっている。
丘のふもとには一本の細い道が見え、
道は森の中に消えていた。
城壁の上から外の様子を見ていると、
シュッ!
音とともに飛んできた矢が本間の顔をかすめる。
「うお!」
慌てて、城壁の縁に身を隠した。
数本の矢が本間が立っていた場所に射込まれる。
・・・しまった、逃げ遅れたか。
すでに軍勢は麓の森の中にでもいるのだろう。
もしかしたら、囲まれているのかもしれない。
もう一度壁からそーっと顔を出し様子をうかがう。
すぐ近くの森の中から、弓を構える男が見える。
やはり森の中に兵がいるようだ。
・・・これは逃げられない。
体がまだ痛む手負いの本間が逃げても捕まるか、
殺されるか。
じりじりと焦りと不安にかられる。
・・・こういう時こそ冷静になれ。
一度、深呼吸をして、考え始めた。
土地勘はない。
まして、異世界の事すら知らない。
体も痛みがひどい。
これでは逃げるなんて、とても無理だ。
・・・降参するか。
足元に細い折れた枝がある。
本間は着ている粗末な白いシャツを脱ぎ、
枝に結び付けた。
所々シャツに血が染みついているが、
即席の白旗だ。
その白旗を城壁から大きく振った。
「降参する!俺は敵じゃない!」
本間は身を隠しながら白旗を振り、大声で叫んだ。
「繰り返す、俺は敵じゃない!降参する!」
白旗が異世界で通じるように祈りながら、
本間は何度も叫び続けた。