089 ゲート
「問題って?」
と首を傾げる俺に対し。
「どんな問題でも関係ねぇ! この地獄から解放されるならな!」
兵藤が獣の咆哮みたいな声で言った。
大半が彼に賛同しており、「うおおおお!」と盛り上がっている。
場が落ち着くのを待ってから、俺は改めて尋ねた。
「どんな問題があるんだ?」
「転移に伴って君たちの体に異常を来す可能性が高いんだ」
「具体的にはどんな異常だ? 死ぬのか?」
「死ぬ危険はそれほどないかな」
「だったら早く俺たちを……」
喚こうとする兵藤を手で制止する。
「死ぬ以外の異常とは?」
「最もあり得るのは記憶喪失だね。これはほぼ確実に起きるよ」
「ここでの記憶を失うってことか」
「喪失の範囲は分からない。そこでの記憶だけでなく、家族や自分のことすらも忘れる可能性がある。ただ、転移に伴う記憶喪失の場合、基本的には新しい記憶から順に失われていくんだ。だから、島で過ごした記憶に関しては失われると考えたほうがいい」
「関係ねぇ!」
そう叫ぶのは兵藤だ。
多くの生徒が同意しているけれど、俺たちは違っていた。
俺もそうだが、女性陣の顔も引きつっている。
「もう少し詳しく言うと、転移事態が成功する可能性は100%。どういう形であれ絶対に成功する。ただ、記憶喪失など何も起こさずに完璧な状態で成功する確率は1%しかない。残り99%は何らかの異常、主に記憶喪失などの精神障害が発生すると思ってほしい」
「精神障害って記憶喪失以外にもあるの?」と吉乃。
「日本で精神疾患と呼ばれているような症状が出るよ。幻聴や幻覚だったり、過呼吸などのパニック発作だったり。他にも手の施しようがない頭痛がずっと続く……という可能性もある」
「そっか」
吉乃は辛そうな声で言った。
「ちなみに肉体的な損傷が生じる可能性は30%程度だよ。具体的には手足や指の一部を失ったり、臓器不全に陥ったり。日本の医療レベルを考慮すると死ぬ可能性は限りなく低いと思うけど、かなりの苦痛を味わうことにはなりそうだね」
転移のリスクが思ったよりも大きい。
「転移後の健康問題って宇宙人の力で治せないの? 日本の医療レベルを知っているってことは、日本にやってくることとかもできるんじゃ?」
これは希美の質問だ。
めちゃくちゃ鋭いことを尋ねていると思った。
たしかに宇宙人の文明レベルなら、日本の難病も治療できそうだ。
転移に伴う諸問題だってどうにかできるのではないか。
「医療レベルでいえば即死以外なら対処できる。だけど、僕らは日本……もっというと地球には干渉できないんだ」
「どうしてだ?」
「地球にはデジタルドームがないからね」
「ドームが必要なのか」
「うん。ドームには色々な効果があるんだ。果物や野菜が収穫から1日で元通りになるのもその一つさ」
「そうだったのか」
「そんなドームの効果の一つに、『転移用のゲートを生成する』というものがあって、君たちを日本に戻す時もこの機能を使う」
「日本にはドームがないから、日本から別の場所へ行くためのゲートが生成できない……それが干渉できない理由か」
「その通り! じゃあ日本にドームを作ったらって思うかもしれないけど、それは技術面や製造コストの都合で無理なんだ」
宇宙人が話し終えると、セコイアの幹が白く輝き始めた。
「なんだ?」
「転移用のゲートを生成しているんだ。少し離れていて」
言われたとおりに距離をとる。
ほどなくして幹の輝きが落ち着いた。
同時に、幹に光の扉が誕生。
「それがゲートだよ。光を抜けると転移直前に居た場所に着く。皆の脳に残っている情報から得た情報によると学校に着くはず! 学校を休んでいたり抜け出したりしていた人は家だったり外だったりに着くよ!」
「俺たちの生活だけでなく脳みそまで覗いたのか」
「君たち地球人は僕らの知らない存在だったから興味があってね。それに、ゲートの転移先を指定するのには地球の座標を把握する必要があったから」
「日本に戻れるならなんだっていい! この光に突っ込めば日本に戻れるんだろ!?」
兵藤は俺たちを掻き分けて先頭に立った。
「うん。でもさっき言ったような転移に伴う健康上のリスクがあるから慎重に考えたほうがいいと思うよ」
「知るかそんなもん!」
兵藤は全く躊躇せずゲートに入っていった。
次の瞬間――。
「俺も帰るぞ!」
「私も!」
――続々と他の生徒がゲートに雪崩れ込んでいく。
わずか数十秒で大半が消えた。
「私も行くわね。希美、由芽、記憶が残っていたら、日本で今日のことを話しましょ。あと冴島君、私たちのことを助けてくれてありがとう」
テニス部の茜だ。
俺は「おう」とだけ答えた。
「じゃ、お先に」
茜も去り、いよいよ残ったのは俺たち8人だけとなった。
◇
他の連中と違い、俺たちはすぐにゲートをくぐれなかった。
「海斗さんたちは転移しないの?」
セコイアから声がする。
「もちろんするけど、その前に皆で話したいんだ」
誰から提案したわけでもない。
ただ、誰もがそう考えている。
だから、自然と、何も言っていないのに残っていた。
「分かった! じゃあゲートは明日の夜まで残しておくね!」
「できれば最後くらいは覗かないでもらえるとありがたい」
「もちろん! ただ、覗かないというのは、言い換えると僕と話せなくなることを意味するけど、それでも大丈夫? これが宇宙人と行う最後にやり取りになってしまうけど」
俺は女性陣の顔を見た。
表情から全員の意思を確認すると、宇宙人に向かって言った。
「大丈夫だ。ありがとう」
「いえいえ。後悔のない選択をしてね! じゃあ、ばいばい!」
それ以降、セコイアから声がすることはなかった。
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