082 代替物でどうにか
昼過ぎ、俺と吉乃は拠点に到着した。
中華鍋の錆を落としたり、第三拠点で色々したりして遅くなった。
「もー! 遅いから先に食べちゃったよー!」
明日花が不満そうな顔で迎えてくれた。
他の連中は午後の作業を始めている。
「そう怒らないでくれ、プレゼントがあるんだ」
「え! プレゼント!?」
明日花の顔が明るくなった。
「なんとびっくり中華鍋だ!」
「わーっ!!!!!!!!!」
中華鍋を見せると、明日花は目を輝かせた。
「すごい! すごいよ海斗君! どうしたのこれ!? すごい!」
ひたすら「すごい」を連呼する明日花。
誕生日プレゼントをもらった子供のような喜びようだ。
俺と吉乃の顔にも笑みが浮かぶ。
「実は海底に落ちていたのを――」
「お礼にスーパースペシャルなマッサージをしないとね!」
俺の言葉が遮られる。
尋ねておきながら回答を待たないとは。
だが、そんなことはどうでもよかった。
「スーパースペシャル……だと?」
「うん! 今度は正真正銘、本当にスペシャルなマッサージだよ!」
「ついに来るのか……!」
自然とこぼれる笑み。
それもニタァとこびりつくような気持ちの悪い笑み。
「あ、そのマッサージならさっき私がしておいたよ」
突然、吉乃が口を開いた。
「えっ? 吉乃も海斗君とそういう?」
驚く明日花。
近くで作業中の希美と麻里奈もびっくりしていた。
「まぁね。キスもしたよ」
吉乃はすまし顔で答える。
「嘘ぉ!?」
目をパチクリさせる明日花。
「まさか吉乃まで海斗に手を出していたとは……」
「吉乃さん、侮れない……!」
麻里奈と希美が何やら呟いている。
「そ、そんなことより! せっかくの中華鍋だぞ! さっそく何か料理を作ったらどうだ!?」
俺は手を叩いて妙な空気を払拭した。
「それいいね! 私、中華鍋で作ってみたい物があるの!」
「いいじゃないか。作れ作れ! 作ってくれ!」
「でも材料が足りないと思う……」
しょんぼりする明日花。
「そうなのか? 何が作りたいんだ?」
「チャーハン!」
「それなら作れるじゃないか。適当に米と野菜を油で炒めるだけだろ?」
「それじゃやだ! もっと本格的なのが作りたいの! 中華鍋なんだから!」
「本格的? 何が欲しいんだ?」
肝心の米と油はある。
調味料もそれなりにあるはず。
……と、思ったのだが。
「醤油! ラード! あと鶏の卵も!」
「そうきたか」と苦笑いの俺。
たしかにそれらは拠点になかった。
「ラードは他の油じゃダメなの? ココナッツオイルとオリーブオイルならあるよね?」
吉乃が尋ねると、明日花は首を振った。
「ラードがいい! ココナッツやオリーブだと合わないよ!」
「それには俺も同感だ」
「でしょ! だから海斗君お願い! どうにかして!」
「そんな滅茶苦茶な」
と言いつつ、俺はどうにかできないか考えた。
その結果――。
「ラードと鶏卵はどうしても代替物を利用することになるな」
「「代替物?」」
明日花と吉乃が揃って首を傾げる。
「まず鶏卵だが、これは七面鳥の卵で代用しよう」
「七面鳥の卵!? 食べたことない……というか見たことない!」
目をギョッとする明日花。
「見た目や味は鶏卵と似ているよ」
「そうなんだ! だったら問題なさそう!」
「見た目や味が似ているのにスーパーでは見かけないよね」と吉乃。
「たしかに! 何でなの海斗君!?」
「そりゃコスパが悪いからさ。七面鳥は鶏と違ってボコスカ卵を産むわけじゃないから、売る場合はどうしても高くなってしまう。市場で売られる場合、単価は鶏卵の10倍以上になるよ」
「たかぁい!」
「それで味や見た目に大差がないなら、消費者としては鶏卵のほうがいいわけね」
俺は「そういうことだ」と頷き、さらに話を続けた。
「次にラードだが、これも島で調達するのは難しい。なんたってラードは漢字にすると豚脂だからな。文字通り豚の背脂なわけだが、この島に豚はいない」
「たしかに豚さんは見たことないかも!」
「まぁイノシシが生息しているから、家畜化してブタにすることも不可能ではないと思う……が、それには気が遠くなるほどの時間がかかる」
「それはダメ!」
「だろ? だから代替物としてアナグマの油を使おう」
「アナグマ!?」
「皮下脂肪てんこもりの動物だから中華鍋を使えば油を抽出できるはずだ。ココナッツオイルやオリーブオイルと違い、チャーハンにも合うんじゃないか。ラード同様、動物の油なわけだし」
「おー!」
パチパチと拍手する明日花。
その反応を見る限り、アナグマの油で代用してかまわないようだ。
「あとは醤油ね」と吉乃。
「それなんだが……すまんが諦めてもらえるか?」
俺は後頭部をポリポリ掻きながら言った。
「ええええええええええええ! なんでぇ!? 醤油は必須だよぉ!」
「気持ちは分かるけど、この環境で醤油を作るのは避けたいんだ」
「そうなの……?」
捨てられた子犬のような目で俺を見る明日花。
卑怯な目つきに心がグラッとするが、意見を変える気は無い。
「醤油を諦める理由は大きく分けて二つある。一つは健康面に対する配慮だ。製造するのであれば、仕込んでからしばらく寝かせることになるんだけど、その間の温度管理や衛生環境の維持がここじゃ困難だ。だから完成した醤油が安全とは言い切れない」
「二つ目の理由は時間が掛かりすぎるってこと?」と吉乃。
「いかにも。『今からパパッと造ってやるよ!』とはいかないんだ。どうしても数ヶ月単位の時間を要する。ということで醤油は諦めてほしい」
「そういうことなら仕方ないなぁ……。醤油を使わないで美味しいチャーハンを作ってみせる! 料理大臣の腕の見せ所だよね!」
丁寧に説明したことで、明日花は受け入れてくれた。
「醤油、ラード、鶏卵以外の材料は問題ないか?」
「うん! お米もあるよ! 玄米だけど!」
「オーケー。なら鶏卵の代替物こと七面鳥の卵はサルに調達してきてもらうとして、俺たちはラード代わりのアナグマ油を作るとしようか」
「やったー!」
「私は見学したほうがいい?」と吉乃。
「いや、吉乃は適当に別の作業を頼む。アナグマ油の作り方はヨシノートにメモらなくても問題ないから」
「了解」
話が落ち着いたところで、俺と吉乃は遅めの昼休憩を開始。
「ほら海斗君! 急いで! 早く早く!」
「落ち着け明日花、食事はゆっくりと楽しむもので――」
「やだ! 早くチャーハンを作りたいもん!」
ワガママな料理大臣にせかされて大変な昼食になった。














