079 往診要請
なぜか洞窟の奥にいる兵藤。
横になって寝ていたようだが、俺の声によって目を覚ました。
「冴島! お前何日もどこに行ってたんだ! てか女どもはどうした!?」
「何日もって……お前、どのくらいここにいたんだよ。なに勝手に俺たちの拠点を使ってるんだ」
「それは悪いと思っている。だが、こっちにだってワケがあんだよ」
起き上がろうとする兵藤。
しかし、具合が悪いのかフラフラしている。
「どうした? しんどいのか?」
「見ての通りな」
弱々しい口調で答える兵藤。
頬が痩せこけており、薄暗いこの場所でも顔色が悪いと分かった。
他者を威圧する筋骨隆々の肉体も心なしか細くなっている。
「冴島、助けてくれ」
「また食中毒にでもかかったのか?」
「いや、そうじゃない」
そこで区切ると、兵藤はとんでもないことを言い出した。
「今度は疫病だ」
「なんだと!?」
背筋が凍るような、ゾッとした感覚に見舞われた。
本当に疫病なら助けるどころの話ではない。
俺まで被害を受けかねないからだ。
「謎の疫病が俺たちの拠点に蔓延している。食中毒の時よりやばい。既に大勢の死人が出ている。お前の力が必要だ、冴島」
「待て、疫病についてもっと詳しく話せ」
「それが分からないからここに来たんだろ」
苛立つ兵藤だが、殴りかかるだけの元気すらない。
「疫病と判断した根拠が知りたいんだ。なんで疫病だと思った?」
「痙攣を起こしたり倒れたりしてバタバタと死んでいったからだ」
「熱中症じゃないのか?」
「水分補給はしっかりしている」
「じゃあ何か変わったことはしたか? 例えば草原のマーモットを食ったとか」
「マーモットって何だ?」
「可愛らしいリス科の小動物だよ。といっても、リス科の中では大型だがな」
「動物なんか食っちゃいねぇよ。俺たちは果物しか食っていない」
「それはよかった。マーモットはペスト菌を持っているからな」
もっとも、兵藤がペストでないことは分かっていた。
皮膚の変色が起きていないからだ。
黒死病とも呼ばれるペストの代表的な症状である。
「ペストじゃないのはいいが俺も死にそうだ。助けてくれよ」
再び腰を下ろす兵藤。
立ち話を続けるだけでも苦しいのだろう。
「うーん、疫病にかかるのはごめんだが……」
「おい、困った時はノーサイドじゃなかったのか」
「まぁそうだな。とりあえずお前の集落に行くか」
痙攣に意識障害――。
それらから連想される疫病はいくつもある。
ただ、疫病とは感染症や伝染病のことだ。
兵藤の環境を考慮すると、かかっているとは考えにくい。
(兵藤は大袈裟ぶって「疫病」と言っているが、実際は別の何かだろう)
そう判断したことが往診要請を承諾した理由だ。
「ありがとうな、冴島」
「気にするな……と言いたいが、気にしろ。あんまり頼られても困る」
兵藤を立たせて一緒に洞窟の外へ向かう。
「ガルァ!」
ルーベンスが「待っていたよ」と言いたげに吠える。
優しい咆哮だが、兵藤はビビッて尻餅をついた。
「落ち着け兵藤、このトラは俺のペットだ」
「ト、トラを手懐けているのか?」
「そうだ」
「すごいなお前……」
それには答えず、俺はルーベンスに言った。
「そこの大男を乗せてやってくれないか」
「ガルァ!」
「いいってよ。ほら、ルーベンスに跨がれ。そんな具合じゃ歩くのもままならないだろ」
「あ、ああ、ありがとな……」
兵藤をルーベンスに乗せ、俺は徒歩で移動する。
馬と違い、トラに二人乗りするのはさすがに無理があった。
◇
兵藤の拠点がある草原にやってきた。
「兵藤、ここからは歩いてもらうぞ」
一足先にルーベンスを帰らせた。
本当に疫病だった場合、しばらくの隔離生活を余儀なくされる。
そのことを皆に伝えてもらう必要があったからだ。
「トラに伝言なんか任せられるのか?」
「この島の動物は賢いから問題ない」
二人で草原を歩く。
「そういや兵藤、城市の独立問題はどうなったんだ?」
「奴等が折れたことで解決したが……今となってはどうでもいい」
「どうでもいい?」
「あいつも死んだんだよ、この疫病で」
「そうか」
集落に到着した。
「たしかにこれは以前よりきつそうだ」
食中毒問題の時よりも明らかに状況が悪化していた。
あの時は城市をはじめ、難を逃れた連中が元気にしていたものだ。
だが、今回は例外なく全員が苦しそうにしている。
兵藤のように蒼白とした顔ながら動けるのはまだマシなほう。
大半が住居の中で横になっていて、生きているのかすら分からない。
動く気力がないようで、当たり前のように糞尿を漏らしている。
「ひょう……どぉ……」
住居から三年の男子が出てきた。
しかし――。
「うっ」
何かに躓いたのか前のめりに倒れた。
その際、衝撃に備えるような行動を全くとらなかった。
普通なら無意識に手が動いてどうこうしようとする。
それさえできないほどの状態なのだ。
「おい、大丈夫か」
俺は倒れた男子を起こそうとした。
ノーガードで地面に突っ込んだため気を失っている。
いや、違う。
「死んだ……のか……?」
脈がない。
心臓も機能を停止している。
呼吸も止まっていた。
――死んだのだ。
「これが俺たちの現状だ、冴島」
兵藤は腰を下ろし、竪穴式住居の壁にもたれた。
(これはもしかしたらマジで疫病かもしれんな)
想像を凌駕する壊滅的な状況に、俺の顔は歪んだ。














