078 スペシャルマッサージ
海の近くにある第三拠点にやってきた。
明日花のスペシャルなマッサージを受けるために。
「ここからは大人の時間だ。お前たちは周囲を散策していなさい」
まるで親が子に言い聞かせるかの如き優しい口調で言う。
ルーベンスはペコリと一礼してから去っていった。
荷車を外すとサイも離れていく。
「ウホホィ」
ゴリラは去り際に親指をグッと立たせてウインクしてきた。
人間みたいな奴だ。
「これで二人きりだ……!」
「だね!」
二人で巨大な竪穴式住居に入った。
囲炉裏、藁と毛皮で作った敷き布団もどきもある。
その他には空の土器がいくつか。
「じゃあ服を脱いでうつ伏せに寝てもらえるかな?」
「お、おう……!」
貫頭衣の腰紐を解き、秒速で脱ぎ捨てる。
プリケツをさらけ出した全裸スタイルで言われたとおりのうつ伏せに。
「念のため確認しておくけど、今日のマッサージはスペシャルなんだよな?」
「うん! 前と違って“只のマッサージ”じゃないよ!」
「それはそれは……!」
さすがに今回は“そういうこと”だろう。
俺は期待に胸を膨らませた。
「じゃあ……始めるね?」
目を瞑っていると、ドサッという音が鳴った。
明日花が貫頭衣を脱ぎ捨てたのだろうか。
そんなことを思い、妄想を加速させていく。
「ぬぉ!?」
突然、背中に謎の液体が垂らされた。
ぬるくてヌルヌルしている。
「なんだ!?」
「動いちゃダメだよー!」
明日花は俺の両脚を開き、股の間に座ると、液体の上からマッサージを開始。
謎の液体によってよく滑っている。
「これは、もしかして……」
「そう! さっき海斗君が作ってくれたココナッツオイル!」
「オイルマッサージってやつか」
「気持ちいいでしょ? 只のマッサージより!」
「たしかに……!」
前回のマッサージもヤバかったが、今回はそれ以上だ。
リンパか何か分からないが、とにかく効果を感じられる。
無意識に「あはぁ」という声が漏れていた。
「すごくコリコリだねー! やっぱり頑張り過ぎなんだよ、海斗君!」
「そうかも……しれないなぁ……おほぉ……これは……んふぅ」
焦点がぼやけ、半開きの口から唾液が垂れる。
早くも意識が飛びそうだ。
しかしその時、ふと我に返った。
(まずい! すっかり明日花のペースに乗せられていた!)
昇天する前に言わねば。
「あ、明日花、あの……」
「んー?」
明日花のマッサージが下半身に及ぶ。
太ももから始まり、ふくらはぎやアキレス腱の辺りにまで。
これがまた気持ちよくてヤバい。
「こういうマッサージも嬉しいんだけど、その、スペシャルというのは……」
「えー、なにー? もっと大きな声で言ってくれないと聞こえないよー!」
絶対に嘘だ。
「だから、その、俺が求めているのは……」
話していると、明日花の手が上半身に戻ってきた。
腰からスーッと上に向かって指圧が進んでいく。
最後に肩を揉むと、彼女は言った。
「ほら、もっと力を抜いて、リラックスして」
その言葉に抗うことかなわず、全身の力が抜けていく。
瞼が重くなり、口から垂れる涎が増える。
「まずい……このままじゃ……意識が……飛んでしまう……」
すると明日花は体を倒し、俺の耳元で囁いた。
「そのまま飛んじゃえ」
彼女の吐息が耳にかかった瞬間、俺は絶頂に達して落ちた。
◇
明日花のマッサージによって、俺の体は完全回復を遂げた。
そうして迎えた次の日――。
「お、いたよ、ウサギ!」
「見せてもらおうか! 成長した千夏の力を!」
「任せろぃ!」
――朝食後、俺と千夏は二人で内側の森に来ていた。
俺はルーベンス、千夏はジョンに騎乗している。
「行けー! ジョン!」
「グルルーン!」
ジョンが野ウサギに向かって突っ込む。
スピードが出ているおかげで、千夏のミニスカがひらひらしている。
黒タイツ越しではあるもののパンティーが丸見えだ。
(俺よりも遥かにサバイバル慣れしていそうな格好だな)
今日もクソ暑いため、千夏は肌着のキャミソールしか着ていない。
同様の理由でノーブラだ。
それでもなお噴き出る汗によって肌が透けていた。
一方、俺は制服姿。
それでトラに騎乗しているのだから、客観視すると違和感がすごい。
ちなみにジャガーのマントは羽織っていない。
「そりゃ!」
ジョンが野ウサギの横につけると、千夏はすぐに矢を射かけた。
世界広しといえど、エミューから騎射を行うのは彼女だけだろう。
そんな彼女の放った矢は、見事に野ウサギを貫いた。
「どんなもんよ!」
「大したもんだ」
俺は弓を構えた。
「え!? 私のことを射る気!?」
「そんなまさか」
息を止めて矢を放つ。
矢は近くの茂みに消えた。
「キュイ!」
鳴き声が聞こえる。
ルーベンスに茂みを掻き分けさせると野ウサギが出てきた。
俺の放った矢が首に命中して死んでいる。
「ちょ! なんで見えないウサギを狙えたの!?」
「見えていなかったわけではない。茂みから体毛が垣間見えていた」
「茂みの隙間まで見ているとか何者だよー!」
俺は「ふふふ」と笑い、ルーベンスから下りた。
ウサギに刺さっている矢を抜く。
それから、ルーベンスにウサギを食っていいと指示を出す。
「俺には及ばないまでも本当に成長したな」
「だろぉー!」
そう言ってジョンの首をポンポンと叩く千夏。
「グルルーン!」
ジョンは足の爪を巧みに動かし、千夏の仕留めたウサギから矢を抜いた。
それを足でポイッと上に投げる。
矢はクルクル回転しながら落ち、千夏の矢筒に収まった。
並のエミューには到底できない芸当である。
「すげぇなおい!」
「この程度、ウチのジョンなら朝飯前さ!」
「グルルーン♪」
「とんでもねぇ」
千夏は「だろー」と満足気に笑い、それから続けて言った。
「思ったんだけどさー、私らってアレに出たら優勝できるんじゃない?」
「アレって?」
「馬に乗って矢を的に射るやつ!」
「流鏑馬のことか」
「それそれ!」
「どうだろうなぁ。あの競技で使う弓ってかなり大きいし、何だかんだと細かいルールもあるだろう」
ルーベンスが食事を終えたので騎乗する。
「でも私らの腕前なら楽勝っしょ! 今もこうして動物に乗りながらウサギを射抜いたわけだし」
「たしかに止まっている的をいる流鏑馬でも通用するかもしれん……が、上には上がいるものさ。優勝は難しい気がする。よくて準優勝だろう」
「んなこたーないと思うけどなぁ! 上には上がいるって言うけど、ここじゃ海斗の上には誰もいないじゃん?」
「人数が少ないからな。言うなればマイナーリーグ、いや、草野球みたいなものさ」
「メジャーの世界は広いってわけかぁ!」
「俺はそう思うし、そうであってほしい。競技として成り立っている以上、余所者がおいそれとやってきて優勝しちゃいましたってのは、なんだか伝統に泥が塗られるというか、とりあえずそんな感じがして嫌だ」
千夏は「真面目かよ!」と笑った。
「んじゃ、私は罠の回収に行ってくるね! またあとで!」
「はいよ」
話が終わって解散となる。
俺が内側の森にやってきたのは洞窟に貫頭衣を運ぶためだ。
前にあったような突然の雨に打たれた際の着替えである。
「ルーベンス、洞窟はあっちだ。向かってくれ」
進路方向を指す。
「ガルァ!」
ルーベンスは速めの歩調で洞窟に向かった。
「ウキ!?」
「キュル!?」
道中に出会ったサルやカピバラは、ルーベンスを見ると即座に逃げた。
どちらも内側の森に生息している個体なので、トラには馴染みがない様子。
もしかしたらルーベンスの口元が血塗られているからかもしれない。
ウサギを食った直後なので真っ赤だ。
「ここだ」
洞窟に到着した。
「すぐに戻るから大人しく待っていてくれ」
「ガルァ!」
ルーベンスを洞窟の入口に待機させて奥に向かう。
人数分の貫頭衣を持ちながら。
「ん?」
進んでいる途中から違和感があった。
前に来た時、つまり由芽と過ごした時と何かが違う感じがする。
その違和感は、奥に着くと同時に確信へ変わった。
「兵藤! なんでお前がいるんだ!」
洞窟の奥では、兵藤が一人で横になっていた。














