077 ミルクとオイルとファイン
新たな一日が始まった。
戦争の疲労が残っていることもあり、今日は自由行動にした。
事実上の休みである。
そうはいっても、完全に休む者はいない。
千夏は内側の森へ狩りに行ったし、由芽と希美も川で釣りをしている。
麻里奈と吉乃も、藁や茅の調達をするべくサルを連れて出かけていた。
その頃、俺は――。
「ああー! いい湯だなぁ! たまんねぇ!」
――完全に休暇を満喫していた、
貸し切りの温泉に浸かり、雲の無い空に向かって叫ぶ。
午前から入る温泉は最高だ。
「もっと早く知りたかったぜ、この温泉のこと」
今いる温泉は、いつも利用している内側の森の温泉とは違う。
西の森にあるものだ。
第二拠点から動物に乗って片道15分程度の距離に位置している。
この温泉はサルに教えてもらった。
サルやサイがいつ見ても綺麗なので尋ねたことで判明した。
「ガルァァ……!」
トラも気持ちよさそうにくつろいでいる。
「お前は俺の相棒と言っても過言ではないし、そろそろ名前をつけてやるか」
「ガルァ!」
トラは嬉しそうに体をすりすりしてきた。
「どういう名前がいいかなぁ。千夏のエミューは“ジョン”だし、お前もそれっぽく“マーカス”とかにするか?」
「ガルルゥ……」
不服のようだ。
「マーカスはダメか。かといって“ポチ”や“タマ”ってタイプでもないよなぁ」
「ガルゥ」
案の定、ポチやタマも気に食わないようだ。
「なら“ルーベンス”でどうだ? そこはかとなくオシャレだぞ」
「ガルァ!」
気に入ったらしい。
「よし、今日からお前の名前はルーベンスだ!」
「ガルァ!」
「いた! 海斗君ー!」
トラ改めルーベンスとくつろいでいると明日花がやってきた。
何故かゴリラに肩車されている。
「おー明日花、どうしたんだ?」
「お願いがあったの!」
明日花はゴリラから下り、俺の傍にしゃがんだ。
エロティックな花柄レースの黒いパンティーが見えている。
意図的かどうかは知らないが、男心を理解している女だ。
「お願い?」
「七瀬に聞いたけど、ココナッツがあるんだよね?」
「あるよ。海沿いにヤシの木が生えているんだ」
「ココナッツがあればココナッツオイルが作れるよね!?」
「もちろん可能だ。作り方も簡単だしな」
「じゃあ作って! 料理から美容にまで使えるから欲しいの!」
俺は「えー」と渋った。
「今日は労働って気分じゃないから明日でもいい?」
「ダメ! 今日がいい! 善は急げって言うもん!」
「急がば回れとも言うよ」
「でも私は今日がいい! 今日だったらお礼にイイコトをしてあげる!」
俺は「ふっ」と笑った。
「そう言って前は只のマッサージだったからなぁ」
明日花は以前もこの手を使ってきた。
同じ手は食わない。
「でも気持ちよかったでしょ? 私のマッサージ」
「まぁな」
たしかに明日花のマッサージは至極の気持ちよさだった。
只のマッサージであることに落胆したあと、これも悪くないと思ったものだ。
「今回はさらにレベルを上げてスペシャルなマッサージにしてあげる!」
「スペシャル……だと……!?」
ゴクリと唾を飲み込む。
「うん! 今からココナッツオイルを作ってくれるからね」
そう言うと、明日花は背後から俺の胸を撫でてきた。
さらに耳元で囁く。
「ダメ?」
「…………」
俺は大きく息を吐いた。
「仕方ないなぁ! ココナッツオイルだけでなくココナッツミルクも作ってやろう! それも今から!」
「ほんと!? やったー! 海斗君、大好き!」
簡単に乗せられた俺は、休日返上で働くことを決めた。
◇
明日花と二人で海にやってきた。
俺はルーベンスに、明日花はサイに乗っている。
ゴリラも1頭同行していた。彼女を肩車していた個体だ。
「あったあった、アレがヤシの木だ」
「おー! 実は初めて見るんだよね!」
「テレビとかで観たことないのか?」
「そういう意味じゃなくて、生で見るのがってこと!」
「なるほど」
ココナッツの収穫はゴリラにやらせた。
さすがはゴリラなだけあって俺よりも作業効率がいい。
「まずはココナッツミルクの作り方から教えるね」
「うん!」
俺はゴリラに命じ、ココナッツの殻を剥かせた。
人間を凌駕する握力があるので、素手でサクッと中果皮まで剥き終える。
さらに内殻もとい内果皮も割らせた。
「ウホッ! ウホホ!」
ゴリラはこぼれ落ちるココナッツウォーターを飲んでご満悦。
ルーベンスにもいくらか分けていた。
「よくやった」
半分に割られたココナッツの片方を手に取り、断面を明日花に見せる。
「中に白い果肉が詰まっているだろ?」
「うん!」
「これがココナッツミルクになるんだ」
「ほぉほぉ!」
俺は適当な石器でココナッツの果肉をこそぎ取った。
それを石包丁で細かく切って土器にぶち込む。
さらにそこへ火傷しない程度のお湯を入れた。
「お湯じゃなくて水だとダメなの?」
「水でもいいけど、お湯のほうが油分……つまり旨味が抜け出して美味しいよ」
「そうなんだ!」
「そんなわけでお湯を入れたら適当な木の棒で混ぜる。ここで注意したいのはグルグル混ぜるんじゃなくて、中の果肉を押し潰すように混ぜるってことだ」
「この土器を大きな乳鉢と思えばいいんだ?」
「おう」
言った通りに作業を進めると、中のお湯が濃厚な白色に染まった。
「あとはこれを濾したら――」
使うのは新たな土器と不織布ロール。
土器にロールを張り、そこに白い液体を流し込んでいく。
果肉のカスが不織布に止められ、ミルクだけが土器に溜まった。
「――ココナッツミルクの完成だ!」
「おー!」
明日花がパチパチと拍手する。
それを見たゴリラが真似をして拍手。
「余談だが不織布についたカスにも使い道があるよ」
「そうなの!?」
「乾煎りするなどして水を飛ばすとココナッツファインになる」
「ココナッツファイン? パウダーとは別物かな?」
「一緒だけど粒の大きさが違うんだ。粒が大きいものをファイン、細かいものをパウダーと呼ぶ」
「なるほど!」
「用途としては料理に使うのが一般的かな。カリウムを筆頭に栄養的だし、食物繊維が豊富だから便秘解消にも良いとされている」
「すごい!」
「ただし! 脂質が多いから使いすぎには注意だ!」
「了解!」
明日花が敬礼する。
「これでミルクは完成として、次はオイルだな」
「待ってました!」
「オイルを作るにはココナッツミルクが必要になる」
「え?」
「ミルクを加熱すると油分とその他に分離するんだけど、油分のほうがいわゆるココナッツオイルだ」
「そうだったんだ! それでミルクを先に作ったんだね!」
俺は頷き、ココナッツオイルの製造に取りかかった。
「まずは今言ったようにミルクを熱する」
ココナッツミルクの一部を別の土器に移し、焚き火で熱する。
沸騰しても加熱を続けていると――。
「あ! 分離してきた!」
――白い固形物が浮き上がり、油が下に溜まり始めた。
「あとはこの固形物を除外すればココナッツオイルの完成なのだが……」
「だが?」
「この固形物にも使い道があるのだ!」
「なんですとー!?」
「ここで除外せず、さらに加熱してこんがり揚げるんだ」
話している間にも加熱が進んでいく。
分離した白い固形物が茶色に変色していった。
「これで完成だな」
土器を焚き火から離し、茶色の固形物を木の皿に盛る。
「この固形物はインドネシアだとおやつとして食べられているんだ」
「そうなの!?」
「冷めたら不味いからアチアチの間に食べるとしよう」
「私たちだけの特権だね!」
「うむ」
さっそく茶色のカスを食べた。
見た目通りカリカリしていて、当然ながらココナッツの風味が強い。
「美味しい!」
「なかなかイケるな」
思ったよりも美味しくてペロッと平らげてしまう。
「これで全て終わったな。ココナッツミルクにココナッツオイル、ついでにココナッツファインと美味いカスも作った」
「ありがとー海斗君! このココナッツオイルを使って、今日の晩ご飯は揚げ物を作るね!」
「ココナッツオイルの揚げ物は胃もたれしにくいから楽しみだ」
しかし、俺にはそれよりも期待していることがあった。
「さて、役目を果たしたわけだし――」
ニヤリと笑って、明日花の腰に腕を回す。
「――スペシャルなマッサージをしてもらわないとね」














