076 南の集落
竪穴式住居の中で、俺たちは茜と話した。
まずは俺のほうから現在に至るまでを説明し、次に相手の話を聞く。
それによって、彼女らの置かれている状況を把握した。
「じゃあ私たちはこの草原から出ても問題ないんだ?」
「もちろん。今は俺が支配者だからね」
茜たち約200人の生徒は、草原から出ることを禁止されていた。
言い方を変えると、草原内であれば自由にしてかまわないということ。
茜の言う「監禁といえば監禁になるのかな」とはそういう意味だ。
「食べ物はどうしていたの? 森に入らないと調達できないよね」
吉乃が尋ねる。
「ゴリラやオランウータンが持ってきてくれるのよ。栄養バランスとかも考えているみたいで、その日によって種類が違うんだよね。バナナだったり、ブドウだったり」
茜曰く、飲み水なども動物が調達してくれるそうだ。
「どうして人間をここに留めたかったんだろうな」
「さぁ? それは私らにも分からないけど、森に入ろうとすると途端に威嚇してくるから、大人しくするしかなかったんだよね」
「聞いてみるか」
俺はゴリラとサルを呼び寄せた。
サルは通訳担当だ。
「お前らはどうして人間を隔離していたんだ?」
「ウホー!」
首を横に振っている。
どうやら分からないらしい。
「前のボスに命令されたからそうしていただけなのか?」
「ウホ!」
今度は頷いている。
サルの通訳がなくとも意味が分かった。
「そうなると理由は分からずじまいだな」
巨大ゴリラは俺が殺した。
だから、答えを知る術は残っていない。
「なんにせよ、今後は草原から自由に出てくれて大丈夫だ。でも、こっち側の動物に危害を加えるのは控えてくれ」
「了解。で、こっち側って?」
「川のこっち側ということ。俺たちは川の向こうにある森を〈内側の森〉、こっち側を〈外側の森〉と大まかに分けている」
「なるほど。じゃあ、ここは南の縄張りだから〈外側の森の南側〉になるのかな?」
「それだと長いから〈南の森〉だ」
「了解。じゃあ、こっち側の動物には手を出さないよう皆にも言っておくね」
「そうしてくれ」
話が落ち着いたので、俺は立ち上がった。
「では失礼するよ。他にも見たいところがあるのでな」
「私たちは連れて行ってもらえない感じ?」と茜。
「残念ながらそうなる。200人もの数を収容する余裕はないし、かといって数を絞るとそれはそれで問題になりかねない。何かあれば適当な動物に伝言を頼んでくれ。知っての通りこの島の動物の多くが人の言葉を理解しているから」
「分かった」
「海斗さん、私はもう少しここに残ってもいい? 先輩や他の皆と喋りたいし!」
希美が言うと、由芽が「私も」と手を挙げた。
「かまわないよ。他の人も自由にしてくれ。今日は休みだ」
俺は住居を出て、そのまま集落を去った。
◇
結局、吉乃以外は茜の集落に残っていた。
話をしたり、土器や石器の製作技術を教えたり。
大体がそんな理由だった。
吉乃は俺と一緒に移動している。
俺はトラに、彼女はサイに乗っていた。
その後ろにゴリラとサルが数頭ずつ続いている。
「これで残りは半分だな」
「半分って? 何のこと?」
「不明になっている生徒の数さ」
生徒の総数は約700人。
その内の約150人が兵藤の拠点にいる。
さらに今回、茜の拠点で約200人の存在を確認した。
ウチの8人も足すと360人ほどになる。
「まだ300人以上が行方不明なんだね」
「大半が死んでいるだろうけどな。今回みたいな保護されているケースは異例だと思う」
俺はトラをストップさせて振り返る。
木々の隙間から見えるセコイアをもとに、脳内で地図を作成。
「俺の予想が正しければこの辺りのはずだ」
ゴリラに「そうだろ?」と確認したところ、「ウホッ」と頷いた。
「よく分かるね。私にはさっぱりだよ」
「サバイバル訓練の賜物さ」
俺たちが向かっているのはデジタルドームだ。
根拠のない直感だが、南の森にもあると思っていた。
で、ゴリラに尋ねたところ、答えはイエスだった。
移動を再開してドームを目指す。
「ここだな」
数分で到着した。
西側のドームと同じく無味無臭、且つ透明だ。
触ると機械的な温かさがある点も同じである。
「お前らはこれが何か分からないんだよな?」
「「ウホイ!」」
頷くゴリラたち。
「だよなぁ」
ひとまずドームの周囲を回る。
案の定、西側のドームと大差なかった。
「他にこういったドームだったり、変な施設だったりを知らないか?」
「ウホーウホ」
知らないそうだ。
「そうか」
「ドームにやってきて何かしたかったの?」
サイに乗ったままドームに触れる吉乃。
「いや、この目で見ておきたかっただけさ。発見があればと思ってな」
「残念だったね」
「想定内の結果だから気にしないさ。それに、実は一つ発見したことがある」
「え? そうなの?」
「ああ、セコイアとドームの距離についてだ」
「距離?」
「西のドームとこのドーム、どちらもセコイアまでの距離は同じだと思う」
「そうなの?」
「測定したわけではないからなんともだけど、少なくとも殆ど同じ距離にあるのはたしかだ。で、どちらも橋から真っ直ぐ進むと到着する」
「じゃあここはセコイアの真南にあるんだ?」
「だな」
西の橋はセコイアの真西、南の橋はセコイアの真南にある。
橋を先にあるドームも、セコイアの真西・真南に位置するわけだ。
「東と北も同じような感じっぽいね」
「そう思う。島の中心がセコイアがあって、その半径何キロメートルだかに川が流れている。また、セコイアから真っ直ぐ東西南北に進むと橋があり、さらに進むとドームがあるわけだ」
「おー」と感心する吉乃。
そんな彼女に向かって、俺はニィと白い歯を見せて笑った。
「問題はそれが分かったところで何の役にも立たないってことだ!」
「あはは、たしかに」
「普通は何かあるだろ、このクソドームに何かがさ!」
海外ドラマなら、ドームに触れた瞬間に超常的な何かが起きている。
そして島の隠された真実を知り……みたいな展開になっているはずだ。
「こうやって地道に調べていけば、いつか何か分かるかもしれないよ」
「そうであってほしい」
果たしてこのドームが何か分かる日が来るのだろうか。
そもそも日本に帰れる日は来るのだろうか。
そんなことを思いつつ、第二拠点に帰還するのであった。














