074 一騎打ち
巨大ゴリラは単独だった。
俺たちから数十メートルの距離を置いて立ち止まる。
「ウホォオオオオオオオ!」
何やら叫んでいる。
皆殺しにされたゴリラの群れを見ての怒り……ではなかった。
「ウキ! ウキウキ! ウキキ!」
サルが翻訳してくれた。
どうやら俺とタイマンをしたがっているらしい。
「こちらが優勢になると一騎打ちを要求してくるのか」
なんとも都合のいい奴だ。
「「「キィィ!」」」
追加のチンパンジーがやってくる。
さらにゴリラやオランウータンの群れも。
合わせると30~40程度の数だ。
(断ったら決死の特攻を仕掛けてきそうだな)
俺たちのフィールドだし負ける気はしない。
――が、少なからず死傷者が出るだろう。
それは避けたいところだった。
「いいだろう! その一騎打ち、受けてやる!」
支配者同士の対決で勝敗をつけることにした。
「ちょっと正気!? 真っ向勝負を引き受けるなんて!」
「ボスとのタイマンは作戦にも含まれていたし、そう慌てることじゃないさ」
俺は装備を確認する。
武器は自作の弓と麻里奈の作った刀のみ。
刀といっても刃渡り約30cmの石包丁なのだが。
(問題ない)
俺は仲間に下がるよう命じた。
「前に出ろ!」
巨大ゴリラに言う。
「ウホ!」
向こうも部下を下がらせ、単独で近づいてきた。
俺と巨大ゴリラの距離は約10メートル。
それを両軍が囲んでいる。
「始めるぜ」
「ウホ!」
ボスは両手を地面について俺を睨む。
土俵上で横綱級の力士と相対しているような威圧感がある。
「そらよ!」
一騎打ちは俺の攻撃をもって始まった。
まずは正面から矢を射かける。
「うっそぉ!」
千夏の声が響く。
ボスが迫り来る矢を掴んだからだ。
とんでもない動体視力をしている。
「ウホイ!」
さらに矢を投げ返してきた。
俺が放った時よりも凄まじい速度だ。
「やべっ」
予想外の攻撃に慌てるも、横に転がって難なく回避。
さらに追撃の矢を放とうとするが。
「ん? どこだ?」
ボスがいない。
――と、思いきや。
「ウホオオオオオオオオオ!」
前方にある一本の木が折れて、俺に向かって倒れてきた。
もちろんボスの仕業だ。
「そんなこともできるのかよ」
地球のゴリラよりも賢い。
この頭脳的な戦い方については予想していなかった。
「この!」
的を絞らせないよう横に走りながら矢を放つ。
――が、ことごとく防がれる。
「弓は使えんな」
俺は弓と矢筒を捨て、刀を抜いた。
(この刀がボスの皮膚を斬れなけりゃおしまいだな)
刀の切れ味がいいことは知っている。
最初の数回は市販の包丁と同等かそれ以上だ。
とはいえ、それでも敵に通用するかは不明だった。
(さて、どうやって距離を詰めるか)
そんなことを考えていると、相手に動きがあった。
「ンッ……! ウホウ!」
戦闘中なのにウンコをしたのだ。
もちろん急に便意を催したわけではない。
戦術の一つだ。
「ウホイ!」
ボスがウンコを投げつけてきた。
よく見るとただのクソではなく石も含まれている。
ウンコでコーティングされた石の弾丸というわけだ。
「石を含ませることで弾速を上げるとはこしゃくな!」
スッとサイドステップで回避。
しかし、それはボスの望んだ動きだった。
「ウホォオオオオオオオオオオオ!」
俺の回避に合わせて突っ込んできたのだ。
体格差を活かしたタックルで仕留めるつもりだろう。
地球に生息するゴリラも採る戦法だ。
「その攻撃方法なら知っている!」
俺は正面に立ったまま動かない。
「海斗! 危ない!」
「問題ない!」
限界まで敵を引き寄せる。
最大限にダメージを与えられるその時を待つ。
「今だ!」
ボスがのしかかろうと跳躍した瞬間、俺は動いた。
斜め前に向かって跳び、ボスの顔面に向かって刀を振る。
後ろに跳ばなかったのは体格差を考慮してのこと。
限界まで引き付けているため、後ろでは避けきれない。
唯一の活路は敵の脇をすり抜けることのみ。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「ウホオオオオオオオオオオオオ!」
俺とボスのポジションが入れ替わる。
ボスは先ほどまで俺のいた位置に飛び込んでいた。
「ウホ……? ウホォオオオオオオオオオオ!」
悲鳴が森に響く。
ボスの顔面に横一閃、刀による攻撃が入っていた。
大ダメージだったようでのたうち回っている。
「好機!」
俺は身を翻して斬撃を叩き込む。
狙うは首の一点のみ。
「おらあああああああああ!」
×を描くように、後ろからボスの首を切りつける。
「ウホォオオオオ」
「まだまだ!」
首をガードしようとしたので腹部を斬りつける。
本当は刺したかったが、瞬時にリスクを判断して斬ることにした。
ゴリラの腹部は皮膚だけでなく筋肉も分厚い。
刺さらずに刃が折れるかもしれなかった。
「ウホッ!?」
案の定、ボスは両手を腹に移した。
「もらった!」
先ほど作った首の切り傷に刀を突き刺す。
腹と違って柔らかいのであっさり刺さった。
骨を貫き、切っ先が喉から出る。
俺の手がボスの返り血で染まった。
「ウ……ホッ……」
ボスが動きを止める。
うつ伏せの状態で地面に倒れた。
「悪いが念を入れさせてもらうぞ」
抜いた刀で背中から心臓を突き刺す。
これで間違いなく死んだ。
「ふぅ」
ボスの背中に片足を乗せて息を吐く。
ガンガンに照らしてくる太陽を眺めたあと周囲を見回した。
「「「………………」」」
全ての動物が静かに見守っている。
敵も味方も、千夏さえも無言だった。
皆は俺の言葉を待っているのだ。
「勝敗は決した! 今日から俺がお前たちのボスだ!」
敵に向かって宣言する。
「キィ……」
チンパンジーが平伏した。
オランウータンとゴリラもそれに続く。
かつて巨大ジャガーを倒した時と同じ光景だ。
「西と南はどちらも俺の縄張りだ! したがって、今後はその二つで縄張り争いなど繰り広げぬように! すぐには難しいかもしれないが、手を取り合い、協力して生きていくぞ!」
こうして、戦争は俺たちの大勝利によって終結した。














