060 マッサージ
せっかく作った布団を地面に敷くのはいかがなものか。
という話になり、全員の家にすのこを設置することにした。
サイが木を倒し、それをサルが独自の石器で加工。
そうしてできた木材を組み合わせたら完成だ。
「すのこがあるといい感じだな。地べたに比べて寝心地もいい」
夜、俺は一人で過ごしていた。
他のメンバーも同様だ。
安全性を考慮して2~3人で過ごしてはどうか。
そう提案したが、反対多数で却下されてしまった。
「それにしても遅いな……」
俺は布団の上で座って待っていた。
千夏がやってくるのを。
『海斗、今日の晩もイチャイチャしようなー!』
蘇る彼女の言葉。
衆目の中で堂々と宣言された。
俺は「気が向いたらな」と答えたが、まんざらではない。
(もしかして、今日は俺から行くべきだったか!)
千夏はああ見えて乙女だ。
自分から迫るより迫られたいのかもしれない。
(よし!)
こちらから向かうことにした。
おもむろに立ち上がり、気配を殺して外に出る。
「ウキッキ! ウーキキー♪」
「ウキキー!」
サルたちが歌いながら獣に水やりをしている。
夜行性の動物とも井戸水を通じて仲良くしているようだ。
人の言葉も理解しているし、社交性の高い生き物である。
(あったぞ、千夏の家だ)
他と変わらぬ竪穴式住居。
ここで千夏はジョンと一緒に過ごしている。
千夏曰くジョンは早寝らしいので既に寝ているはずだ。
(ジョンを起こさぬように、そーっと、そーっと)
スッと覗き込む。
すると――。
「海斗ぉ、海斗ぉ……うふふふぅ、アナグマ食べるぅ」
ぐっすり寝ている千夏の姿があった。
就寝中のジョンに抱きついて気持ちよさそうだ。
作りたての布団はジョンの背中に掛けられていた。
(待っていたのではなく寝ていたのか……!)
なんという女だ。
いや、もしかしたら待っていたのかもしれない。
それで俺が来ないから寝てしまった、と。
(なんにせよ、これじゃイチャイチャなんて無理だな)
俺は自分の家へ戻ることにした。
しかし、その道中――。
「お! 海斗さんじゃん!」
希美と鉢合わせた。
集落の外――森のほうからやってきたのだ。
「こんな時間に出歩いていたのか?」
「致し方ない事情ってやつだよ!」
希美は井戸に向かい、井戸水で手を洗う。
それを見て「致し方ない事情」が何かを察した。
「むしろ海斗さんこそどうしたの? なんで外に?」
「俺は……」
千夏のところへ遊びに、とは言えない。
だが、言わずとも伝わってしまった。
「そっか、千夏さんと!」
「まぁな」
「これは失礼! どうぞお二人で楽しんでくだせぇ! あ、でも、声は控え目にお願いねー! 騒音問題は殺人事件に繋がるから!」
ニヤつく希美。
俺は苦笑いで答えた。
「残念ながらお楽しみはないよ」
「え? 痴話喧嘩でもしたの?」
「いや、そうじゃない。ていうか俺たちは付き合っちゃいないよ」
「だったら何で?」
「実は――」
俺は事情を説明した。
「――というわけで情けなく帰るところだ」
「なるほど! それは悲しいねー!」
「まぁね」
話は終わったが、俺はその場に留まっていた。
希美が「うーん」と何やら考えているからだ。
「ねね、海斗さん!」
どうやら考えがまとまったらしい。
「ん?」
「ウチにおいでよ!」
「へ?」
「千夏さんの代わりにウチへ遊びにおいでよ! 揉んで!」
「揉む?」
どこを、とは尋ねない。
その代わりに、俺は彼女の豊満な胸を凝視した。
「残念! 揉んで欲しいのは肩と腕と首だよ! あとできたら腰を押してほしい!」
「おいおい、マッサージのフルコースじゃねぇか」
「だって今日は疲れたんだもん!」
それもそうか、と思った。
彼女は尋常ならざる頑張りで布を量産したのだ。
おかげで全員に敷き布団と掛け布団、さらには枕まで行き届いた。
手織りにもかかわらず、それだけの布を僅か5時間ほどでこしらえたのだ。
「仕方ない、引き受けよう」
「ほんと? やったね! 私の家でよろしく! 寝落ちしたいから!」
「はいよ」
ということで、俺たちは希美の家に移動した。
◇
希美の家も他所と大差ない。
外見は全く同じで、内装もこれまた殆ど同じ。
すのこと布団、あとは土器がいくつか。
土器には緊急時用の飲み水や食糧が入っている。
その他はテニスラケットとリュックがあるくらいだ。
「じゃ、よろしくー!」
布団の上で正座する希美。
俺は後ろから彼女の両肩に手を伸ばす。
(ちょっと刺激が強いな……!)
入浴を終えているが、服装は日中と変わりない。
つまり俺は腰蓑だけの半裸で、希美はそれにブラを足した状態。
「あー、気持ちぃ! 海斗さん、マッサージ上手だねぇ!」
「お、おう!」
俺の視線は胸の谷間に一直線。
ブラックホールにでも繋がっていそうな深い谷だ。
焚き火の炎がほんのりと照らしているおかげで妙に艶やか。
(やっぱり大きいなぁ)
我がチーム屈指の大きさを誇る明日花とタメを張るサイズだ。
気を抜くと魔が差して手を滑らせかねない。
「首! 次は首をお願い!」
希美の声で正気に戻る。
「首ね、了解」
「ちゃんと左手でおでこを押さえながら右手で揉むんだよー!」
「やれやれ、注文の多いお客さんだ」
「功労者なんで!」
希美の指示通りの方法で首を揉んでやる。
そのために、俺も腰を下ろして高さを合わせた。
後ろから左手で彼女の額を押さえつつ、右手でうなじを揉み揉み。
「はぅぅぅ」
希美の口から気持ちよさそうな声が漏れる。
(おいおい、この状況でそんな声を出さないでくれ!)
そう願うが、その後も彼女は艶めかしい声を出し続けた。
声だけ聞いたらいかがわしいことをしていると誤解されそうだ。
(それにしても距離が……)
肩を揉んでいた時よりも近い。
俺の吐く息が彼女の背中にかかっている。
「くぅ! 生き返った! もう首はおしまいでいいよ!」
ホッと胸をなで下ろす。
最後のほうは理性が揺らいで意識が朦朧としていた。
「じゃあ次は腕ね!」
「おうよ」
腕ならどぎまぎすることはないだろう。
横に移動して適当に揉むだけだ。
――と、思ったのだが。
「はい! どうぞ!」
なんと希美は両手を広げた。
「え?」
「両腕! 同時にやったほうが効率いいでしょ?」
「同時って……どうやるんだ?」
「決まってるじゃん! 後ろから両腕を揉むの! 海斗さんのほうが腕が長いんだから余裕っしょ?」
「ま、まぁ、できなくはないが……」
まずいことになる。
そう思いつつ、言われたとおりに行う。
俺は前に進み、彼女に体を密着させた。
(これは……!)
もはや傍からは抱きついているようにしか見えない。
(しかもこの距離になるとフェロモンの香りが……!)
うなじからプンプン漂っている。
イイ女だけが放てる悪魔の匂いが俺の意識を奪っていく。
そして――。
「希美……! すまん! 我慢の限界だ!」
気がつくと、俺は彼女に抱きついていた。














