026 脱穀
「お米らしきもの」の群生地にやってきた。
洞窟の西北西に位置しており、広さはそれほどでもない。
100平方メートル程度だろう。
近くにはススキの群生地もあった。
「これは……!」
辺り一面に広がるイネ科の植物を見ながら言う。
「どう見ても米じゃないか!」
そこに自生していたのはイネ科イネ属に属するイネ。
つまり米である。
具体的な品種は不明だが、その点はまず間違いない。
「やっぱりお米だよねー!」
麻里奈は「やった!」と握り拳を作る。
「これを見てどうして『お米らしいもの』って感じたんだ? 普通は自信を持ってお米だと断言すると思うが」
俺が植物に詳しいことを差し引いても米は分かる。
「いやぁ」
麻里奈は苦笑いで後頭部を掻いた。
「米ってさー、水田で育つイメージじゃん? でもここ水田じゃないじゃん?」
「だから米かどうかの自信がなかったわけじゃん……ってか?」
麻里奈は「正解!」と、俺を指した。
「本当は少し違っていて、皆は最初、海斗の言う通りお米だと断言していたの。水田云々を指摘して混乱させたのは私なんだよね」
吉乃が補足する。
豊富な知識がかえって足を引っ張ってしまったようだ。
「米――つまりイネの栽培と聞いて水田を連想するのは何もおかしくない。誤解したのも無理はないさ」
「自然のイネが陸に自生しているって知らなかったよ。勉強になった」
「厳密には栽培でも畑で行うことがあるぜ、水田じゃなくて」
「そうなの?」
「水田で栽培するイネを『水稲』と呼ぶのに対し、畑で栽培するイネは『陸稲』と呼ばれているんだ」
「へぇ、初めて聞いた」
「主流は水稲栽培だしな。そっちのほうが美味しいから」
「お米は味が大事だもんね」
「日本人は米の味にうるさいからね。品種も収穫量より味を重視している」
現代日本米の祖であるコシヒカリがその典型だ。
病気に弱い――すなわち栽培難度が高いという欠点を味で凌駕した。
「講釈はこの辺にして収穫するとしよう」
「「「「「了解!」」」」」
手分けしてイネを刈り取っていく。
今時の道具など持っていないため石包丁を使う。
「昨日も思ったけどさー、なんかこの作業って縄文人ぽいよなー!」
話しながらも驚異的な速度で作業を進める千夏。
ススキの収穫で経験値を積んだようだ。
「日本中に稲作が普及したのは弥生時代以降だから弥生人とも言えるぜ」
「ウチらの文明って弥生レベルまで成長したの!?」
「まだまだ縄文レベルだが、着実に成長しているのは間違いない」
「おー! 燃える!」
その後も喋りながら楽しく作業し、持てる限りのイネを収穫した。
「1回の作業でがっつり刈り取ったな」
持ち帰るイネを束ねながら呟く。
「別にいいじゃん! 明日には復活しているわけだし!」と千夏。
「イネもそうなのかな?」
「少なくともススキはそうだったよ!」
「たしかに」
この島の植物は常軌を逸した生命力を持っている。
なんと1日すると収穫した作物が元に戻ってしまうのだ。
そのため多少の乱獲では枯渇しない。
気づいたのは2日前。
ドキドキしながら混浴していた時のことだ。
麻里奈に「昨日採った場所に果実が生っている」と言われて発覚。
俺たちの中で、ここが異世界だと確定した瞬間だった。
「ま、戻らなかったら自分で育てりゃいいさ」
「頼もしいねぇ! 海斗って栽培もできんだ?」
「育てるだけなら大して難しくないはず。クオリティを考慮すると別だが」
「ヒュー、簡単に言ってのけるねぇ!」
調達した米の味に胸を膨らませながら、俺たちは帰路に就いた。
◇
洞窟に戻ってきた。
さっそくイネを米にしていこう。
「作業を始める前に収穫したイネを乾燥させる必要がある」
入口の前で皆に説明する。
「どのくらい乾燥させるの?」と吉乃。
「2週間ほどかな」
「2週間だぁ!? そんなに待てないって!」
千夏が喚きだした。
左右の手に持っているイネを振り回している。
「安心しろ、俺もそんなに待つ気はない」
「そなの?」
「乾燥させる……つまり水分を抜くのは保存性を高めるのが目的なんだ。あとは水が抜けると必然的に硬くなるので、精米までの作業がしやすくなる」
「私らはすぐに食べるし保存性なんかどうでもいいわけだ!」
「それもあるし、なにより陸稲だからな。水稲栽培に比べて水分の含有量も少ない気がする」
「この島に来てからずっと暑い日が続いているしね」と、吉乃が補足する。
「そんなわけで今から作業を始めるぞ!」
皆が「おー!」と拳を突き上げた。
収穫したイネを米にするまでには、いくつかの工程が必要だ。
まずは――。
「脱穀だ」
「脱穀ってよく聞くけど何なん?」
「茎から籾米を取り除くことだ」
この上なく分かりやすい説明のはずだが、千夏は首を傾げた。
「籾米ってのは米粒のことね」
吉乃が補足すると、千夏は「あーね!」と納得。
そこに引っかかっていたのか、と俺も納得。
「米粒なら米粒って最初から言ってくれよぉ!」
「すまん、配慮が足りなかった」
苦笑いで頭をペコリ。
「いいってことよ! じゃ、脱穀しよーよ!」
「おう!」
「脱穀って言えばアレでしょ、千歯扱き!」
麻里奈が言った。
七瀬が「ですよねー!」と頷いている。
「たしかに千歯扱きは定番だな。だが、残念ながらここにはないし、今すぐに用意するのも難しい」
「じゃあ千歯扱きよりも原始的な方法で脱穀するんだ?」
「そういうことになる」
「それってどんな方法なんだろ?」と明日花。
「脱穀の歴史については疎いが、かつては地面に叩きつけて脱穀することもあったそうだ」
「じゃあ私たちも叩きつける!?」
「いや、さすがにそれは原始的すぎる。俺は千歯扱きの代替品を探す方向で検討している」
「千歯扱きの代替品?」
「皆なら持っているんじゃないか」
俺は右の人差し指を立たせ、ニヤリと笑った。
「櫛だ」
「櫛!? 髪を梳かすあの!?」
明日花はジェスチャーを交えていった。
そんな彼女の青いボブカットは今日も艶やかだ。
知らないところで梳かしまくっているのだろうか。
「そう、その櫛だ。見た目は千歯扱きの刃と大差ないだろ? だから千歯扱きに見立て使うことができるかもしれない」
問題は硬さだ。
柔らかいのは脱穀に向いていない。
「櫛で脱穀とか面白そうじゃん! やってみようよ!」
千夏は乗り気だ。
「賛成! やってみたい!」
麻里奈が手を挙げる。
他の三人も続き、櫛による脱穀が始まった。
皆は髪の代わりにイネを梳かしている。
「いいぞ! その調子だ! 頑張れ!」
俺は後ろから声援を飛ばす。
予備の櫛がないからだ。
「あー! ダメだ! 私の櫛じゃ柔らかすぎる!」
「こっちも厳しいかも!」
「同じくダメー!」
時間が経つにつれてリタイア者が続出する。
その結果――。
「ふっふっふ、ようやく先輩方のお役に立てる時が来ましたねー!」
七瀬の櫛だけが生き残った。
しかも千歯扱きに匹敵する活躍ぶりだ。
「あんたよく木の櫛なんか持っていたなぁ! 普通は100均のショボい奴でしょ!」
「いやいや千夏先輩、今時は100均にだって木の櫛が売っていますよ」
「なんだってー!」
「私のは男子に貢がせたいい奴ですけど!」
上等な櫛は千歯扱きとしても使える。
活かしどころの難しい発見とともに脱穀が完了。
無事に籾米を取り除くことができた。
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