94 緑の石
盆地の中央で蠢いていた物は、わたし達が近づくと飛び跳ねて喜んだ。それは、クロムの言った通りワームだった。口の直径は30センチほどで、身体は10メートルほどの長さがある。遠目に見たら大蛇に似ているけれど、頭部がまったく違うし、身体は蛇のような鱗も模様もない。やっぱり茶色の大きなミミズに見える。
「キョエ」
とワームは鳴き、首?を曲げて頭を擦り寄せるように近付いて来た。
「良ければ、撫でてやってください。主様方が亡くなられてから、サシャに触れてくださる方はいなかったもので」
サシャ?いま、サシャって言った?他にワームは見当たらないし、さっきディエゴがサシャに小さくなるように言っていたけど………あの巨体が、こんなに小さくなるの??
って、ミミズとしては、いまでもかなりの大きさだけど!
混乱しながらクロムを見上げると、頷かれたのでワームことサシャに向かって手を伸ばした。
サシャは、素早く動いて頭を寄せて来た。
サシャの体表はゴワゴワとして硬く、でも温かくてしなやかに伸び縮みする。口にずらりと並んだ鋭い歯は口の奥まで続いていて、だけど、この丸く長い身体で咀嚼する様子は想像もできなくて、こんなに歯が並んでいることが不思議な感じがした。
「サシャはいままで遺跡の地下にいたの?食事はどうしていたの?」
「サシャは、主様方が亡くなられたあとに私共と共に眠りにつきました。新たなご主人様が現れたときにお仕えするために。冬眠している間、サシャは食事をしていません」
サシャの代わりにディエゴが答えた。
「え!ディエゴ達が仕えていた魔法使いが亡くなったのって何百年も昔のことでしょう?冬眠している間はずっと食べてなかったの?」
「もちろんです。サシャが動けば地面の形が変わり、遺跡すら残らなかったでしょう」
「それじゃあ、サシャ、お腹が空いているでしょ?」
「そうですね」
ディエゴが事もなげに答えたことにイラッとした。
なんなの?ディエゴはゴーレムで、食事をしないからサシャの苦しみがわからないの?お腹が空いても食べられないなんて拷問だよ?食べなかったら死んじゃうんだよ?!
と、そこまで考えて、ふと冷静になった。
わたしもクロムも、食事を必要としない魔物の身体を持っている。もちろん美味しい物を食べられた方が幸せだけど、食べなくても何百年と生きることはできる。ワームも魔物だ。ワームであるサシャも、わたし達と同じように空気中から魔素を吸収して生きられるんじゃない?
サシャをじっと見る。
サシャは、「え、なに、恥ずかしいな」と言わんばかりに身をくねらせている。とても極限の空腹状態にあるとは思えない。
「もしかして、サシャも魔素があれば生きていけるの?」
サシャは大きく頭を縦に振った。
「でも、ご飯もたべる?」
今度もサシャは頭を縦に振った。
「そっか。わたしと一緒だね」
わたしがニコニコしていると、同じくニコニコしながらディエゴ達が近付いて来た。そして、ディエゴを先頭に次々に跪いた。
「な、なに?」
「どういうつもりだ」
「クロム様、エル様。私共ゴーレムは、ご主人様を得て初めてその役割を活かすことができる人造物です。エル様をご主人様と認め、生涯の忠誠を誓い、この身の終わりまで尽くします」
「ふん。聞いたような台詞だな」
「私共ゴーレムは、自らが主になることはありません。ご主人様を裏切ることはあり得ません」
「そんなことをすれば、核を砕いて土くれに戻してやるだけだ」
クロムはああ言っているけれど、ディエゴ達の核を砕くなんて簡単なことじゃないよね。もしディエゴ達が本気で反乱を起こしたら、クロムも無事じゃすまないと思う。
「………私共を信じられなくとも仕方ありません。しかし、必ずお力になります。その証に、こちらをエル様に捧げます」
そう言ってディエゴは右手を拳に握って差し出した。ん?と思ってクロムの腕の中から身を乗り出した。手のひらになにを握っているのかな?
ディエゴが手のひらを上に向けて拳を開くと、そこには緑色の豆粒くらいの石があった。
「これは?」
「アスケルディアの流れを汲むゴーレムに命令できる魔法陣が刻まれた石です」
「ん?」
「………!」
「この石をお持ちになった上で命令をされれば、私共が自らの意に沿わないことでも従うことになります」
「どういうこと?」
「その石を持てば、ディエゴ達に自殺をさせられるのだ」
「ええ?!」
「自我も持たないゴーレムならともかく、私共のような高度な知能を持つゴーレムは自殺を許されていません。主様方も、私共にはお許しになりませんでした。ですが、その石の所有者が命令すれば、私共はどんな命令にも逆らうことができなくなります。死ねと命令されれば、大人しく従いましょう」
「だめだよ!こんな石は受け取れないよ!」
「では、俺が預かっておこう」
クロムはディエゴから石を受け取ると、アイテムボックスを開いてひょいっと入れてしまった。