89 畑の作物の力
すみません。カイトの名前を間違えて、カイルとしていました。訂正しました。
あれから、ガンフィと騎士団長は奪い合うように………ううん、実際に奪い合いながらマヨネーズを食べた。さすがにマヨネーズだけじゃ飽きるから、キャベツの千切りも一緒に食べていた。
そういえば、騎士団長には謝られたけどわたしは「許す」とは言えてないんだよね。もはや言うタイミングを見失っていて、なんて声をかけたらいいのかもわからない。
野菜が苦手なクロムは自分がキャベツを食べずに済んでホッとしたようだけど、それ以上にマヨネーズを奪い合うガンフィと騎士団長の鬼気迫る様子にどん引いていた。わたしを両腕に抱いて、ふたりから距離を取っている。
そんなクロムとわたしの傍に、アリアがすっと近付いて来た。
「どうしたの?アリア」
「もう時間も遅いから、お風呂に入って寝ない?」
「あ、それは良いね」
申し訳ないことに、わたしはアリアがいないとお風呂に入れないの。だって、身体が小さいんだもの。
湯船がわたしには深いから、ひとりで出られないの。
………ん?そうじゃないよね。飛行魔法を使えば、ふわっと浮いて、誰の手助けもなく湯船から出られるじゃない!
なんでそんなことに気づかなかったんだろう………。
今度から、アリアがいないときは魔法を使おう。今日は、アリアに甘えるんだ。ふふふっ。
その夜は、わたしの後にお風呂に入り、身体から湯気が出るほど温まったクロムに包まれて眠った。
お風呂の中プカプカと漂っている夢を見たのはナイショ。
翌朝、まだ眠っているクロムの腕の中をそっと抜け出し、わたしは畑へやって来た。
畑ではまだ眠っているギベルシェンの葉っぱと、多くの野菜や果物の緑が広がっていた。その中で異質なのが、カイト少年。いまは肩まで土に埋まった状態で眠っている。立ったまま寝るのって辛くないかな?
近くまで行ってカイトの顔を覗き込むと、骸骨みたいだった顔がややふっくらとしている。血色も良さそう。
あの、骨と皮だけの姿だったカイトがここまで良くなるなんて信じられない。よっほどカイトにはここの畑が合ったんだね。見違えたよ。
さてと。カイトがここまで健康になったということは、それだけ土の力が減っているはず。補充してあげたほうがいいよね。
わたしは目を閉じると、魔力を畑全体に行き渡らせるように広げていった。そのとき、自分の魔力に違和感を感じた。あれ?魔力操作が前より楽にできる。それに、これだけの広さの畑に魔力を与えても魔力が減っている感じがしない。おかしいな?
目を開けると、畑全体が光り輝いていた。緑の葉が、茶色の幹が、赤や黄色の実が………畑の作物が光り輝いていた。
試しに近くのトマトを採ってかじってみたら、とても甘くて美味しかった。それに、ほんのわずかだけど身体の中に魔力が流れ込んできた。これはどういうこと?
「エル。魔力を込め過ぎだ。これでは売り物にならないぞ」
背後から声が聞こえて振り向くと、クロムが優しい顔をして立っていた。
「クロム、どういうこと?わたし、畑に魔力を注いだだけなのに、トマトがこんなに美味しいの」
「どれ」
クロムはわたしから食べかけのトマトを受け取り、躊躇することなくかぶりついた。
「ずいぶん甘いな。果物みたいだ」
そう言って、残りも全部食べてしまった。
「でしょ?全然青臭くないの。これなら、野菜嫌いの人だって食べられるよ」
「だが、さっきも言ったように売るわけにはいかないぞ」
「どうして?美味しいのに売れないの?欲しがる人は大勢いると思うのに」
「そうだ。大勢の人間がこの畑の作物を欲しがるだろう。それが問題なのだ」
わたしには、なにが問題なのかわからない。美味しい物を食べて幸せな気持ちになる人が増えるのはいいことじゃないの?
「いいか、エル。このトマトには高濃度の魔力が込められている。他の作物もだ。このトマトを食べた者の身体を癒し、健康な状態に回復させるほどの力だ。このトマトは、一般のポーションを飲んだより力を発揮するだろう。つまり、薬としての役割を果たすということだ」
クロムは近くのトマトを指して言った。でも、クロムの言うことは畑全体に通じるのだということはわかった。
でもやっぱり、わたしにはわからない。
「それの何がいけないの?」
「人間は欲深い。普段の食事を摂るだけで健康をいじできるとなれば………いいや、そうではないな。死にかけの者がこのトマトひとつで回復したとなれば、これらを巡って争いが起こるだろう。いくらここが黒の森で、人の地から離れていると言っても、畑の作物欲しさに人が押しかけてくるぞ。そうなったとき、エルはどうする。人と戦うか?」
「そんな………死にかけの人が、トマトひとつで回復するわけないよ。カイトだって、こうして何日も畑に埋まって………って、あれ?カイト、なんでそんなに健康そうな顔をしてるの?」
カイトを見れば、さっきより肉付きもよくなり、赤みを帯びた頬が健康そうに艶めいている。最初に会ったときとは別人だ。これなら、いますぐにでも畑を出て家に帰れそう。きっとリーナが喜ぶよ。




