88 いいや、マヨネーズは神の食べ物!
わたしはクロムのところへ行き、お皿の上にキャベツの千切りを乗せてからマヨネーズをかけた。
「さあ、どうぞ。クロム、マヨネーズはキャベツと一緒に食べてね」
「ふむ。野菜は好きではないのだが………」
なんだ。クロムがキャベツに手を付けなかったのはそんな理由だったのね。
野菜が苦手かぁ………わたしは野菜、好きだけどね。クロムはドラゴンだから、肉食なのかもしれないよね。でも、苦手っていうことは、食べれないことはないんだよね?だったら食べて欲しいな。
わたしはクロムの隣の椅子に乗ると、フォークを手に取りお皿からマヨネーズの付いたキャベツを掬い上げた。そのままフォークをクロムの口元へ運ぶと、クロムは渋々口を開いた。
ぱくりっ。
やった!食べてくれた!
クロムがキャベツを食べてくれたことが嬉しくて、つい破顔した。表情筋が緩んでいるのが自分でもわかる。
「あぁ、美味いな。こんな美味い野菜は初めてだ」
「初めては言い過ぎじゃない?シチューにはにんじんとじゃがいもが入っていたよ」
「そうだな。ふふっ。エルが作る物は、魔法がかかっているみたいに美味い。用意してくれてありがとう」
クロムの言葉に、身体の中がほっこり温かくなるのがわかった。
「クロム様、お身体はなんともありませんか?」
ガンフィのせいでマヨネーズを毒だと誤解している騎士団長が、クロムを心配して声をかけてきた。
そろそろ誤解を解かないと、騎士団長が面倒くさい。
「ダイダロス、それはどういう意味だ?エルの料理を食べて、どうにかなるはずがないだろう」
クロムが、わずかに怒気を含んだ声で言った。
そしてクロムに睨まれた騎士団長は、一瞬、身体が固くなったものの、クロムから目をそらすことなく真っ直ぐ見返した。
「マヨネーズを口にされたガノンドロフ殿下のご様子が普段とは異なり、心配になったのです。どうか確認させてください。マヨネーズに毒は入っていなかったでしょうか」
おおっ。クロム相手に、よくぞ言い切った!
「なにを馬鹿なことを。エルがこの俺に毒など盛るはずがないだろう。もし毒が入っていたとすれば、それは理由あってのこと。エルを責める理由にはならないぞ」
うん?クロム、わたしは毒なんか盛らないからね!それに、もしも毒を盛ったとしたら、理由があっても責められて当然でしょう。
「色々と言っているが、マヨネーズを口にする勇気がないだけではないのか。トンカツを平らげておいて、マヨネーズは口にできないというのは道理に合わないぞ。さっさと食え」
クロムは自分の目の前にあるキャベツの皿を騎士団長の方へ押しやった。
んん?なんで自分の皿を騎士団長に渡すの?キャベツの千切りはまだボウルいっぱいあるんだからそっちを渡せばいいし、マヨネーズだけ味見させたっていいよね?
「………毒見役をクロム様にお願いするのは無礼なことでしたね。初めから、私が毒見役を務めていれば済むことでした」
騎士団長は固い表情でクロムの皿を受け取ると、観念しました、と言いたげな表情でフォークを手にした。その手が細かくプルプルと震えている。
ちょっと待って。騎士団長は、本気でわたしがマヨネーズに毒を盛ったと思ってるの?ガンフィの様子がちょっとおかしかっただけで?まさかね。だって本当に毒を盛られたとしたら、真っ先にどんな毒か確かめて解毒しようとするでしょう?いまみたいに、静かに話してる場合じゃないよ。
「いただきます!」
決意を固めた騎士団長は、マヨネーズがついたキャベツをフォークで掬い大きな口でばくっと食べた。
「!!」
騎士団長はカッと目を見開き、突然立ち上がると両手で口元を抑えて呻いた。
………え?なにその反応。本当に毒でも入ってた?
ぽかんと口を開け、悶絶する騎士団長を見ていると、彼と目が合った。
騎士団長は苦悶の表情で口の中の物を咀嚼し飲み込むと、テーブルを回ってこちらまで早足でやって来た。そして流れるような動きで片膝をつき、わたしの右手を取るとそこにキスを落とした。
………なにこれ?
混乱するわたしをクロムが抱き上げ、騎士団長から離した。そして腕にわたしを抱いたまま、騎士団長に威圧を放った。
騎士団長は威圧を受けて苦しそうにしているけれど、なにか瞳に固い決意を固めているのか、わたしから目をそらすことはない。
「エル様、先ほどまでの無礼な態度をお詫びします。私は間違っていました。この世に、これほど素晴らしい食べ物があるとは知りませんでした。味、舌触り、他の食材との相性、すべて完璧です。まさに神の食べ物!」
「………」
「………」
「むしゃむしゃ………もぐもぐ、ごっくん」
わたしとクロムは、騎士団長のキラメク瞳にどん引いていた。クロムは威圧も消して椅子から立ち上がり、いまだ跪いている騎士団長からそっと距離をとった。顔色は、若干悪い。
「エーベ神よ、この出会に感謝いたします!」
うわぁ、神に祈りまで捧げちゃってるよこの人。どんだけマヨネーズが気に入ったの。
ひとり、空気を読まないガンフィだけがキャベツとマヨネーズを一心不乱に食べていた。それも、恍惚の表情で。ちょっと………ううん、だいぶ怖い。