87 マヨネーズは毒?
目の前に置かれたトンカツと、ボウルに溢れるほど入ったキャベツの千切りを見比べたあと、クロムとガンフィはトンカツだけ口にした。
「うむ。これも美味いな。ザクザクとした歯応えがいい」
「美味しい!このザクザクと言う不思議な食感は何なのですか?肉は旨味が閉じ込められていて、塩を付けるだけで美味しいとは素晴らしい」
クロムは、いつも通り美味しい物が出てきたという感じだったけれど、ガンフィはとても感動してくれたらしい。簡単な料理なのに。
そうしてふたりが食べている間に次のトンカツが揚がり、ようやく騎士団長もトンカツを口にすることができた。
「美味い!美味い!これだけを腹いっぱいに食べたい!」
と、大袈裟に喜んでくれた騎士団長。
喜んでくれるのはいいけれど、キャベツの千切りが大量に残っている。トンカツだけじゃなくて、野菜も食べて欲しいんだけどな。どうしよう?どうやったら、千切りキャベツを食べてくれるかな?
そうだ。神の調味料、マヨネーズがあるじゃない!大量の油を摂取することになるけど、ガンフィならカロリーたっぷりでも平気な顔で食べてくれそう。
そうと決まれば、マヨネーズ作りだ!
というわけで、せっせと材料を混ぜ合わせてマヨネーズを作り、たまたま見つけたゴマを擦ってマヨネーズと混ぜ合わせる。マヨネーズだけでも美味しいけど、ゴマの風味があるとさらに美味しいよね。
わたしはそれを、ボウルごとどんっとテーブルに置いた。
「それは何ですか?」
騎士団長が興味深そうにボウルを覗き込んできた。
「騎士団長、これはね、マヨネーズっていう調味料なの。キャベツに付けて食べてみて。きっと気にいるよ」
「どれ、私が味見をしてみよう」
騎士団長に声をかけたのに、乗り気のガンフィが答えた。
わたしはスプーンでマヨネーズを掬い、ガンフィに手渡した。
一国の王子が味見(それとも毒見?)をすると言っているのに、その様子を平然と眺めている騎士団長。従兄弟とは言え、それでいいのかとこちらが不安になってくる。
「ありがとうございます、エル様」
ガンフィは歯を見せてにっと笑うと、躊躇うことなくスプーンを自分の口に突っ込んだ。
「!!」
素早くスプーンを口から引き抜くと、ガンフィは今度は口元を両手で抑えて悶え始めた。
がたんっ。
騎士団長が勢いよく立ち上がったせいで、椅子が倒れてしまった。
「ガンフィ!どうした?!」
騎士団長が、ガンフィの口元を確認しようとガンフィの手を退けようとしている。
ガンフィは首を横に振り、片手で騎士団長の手を振り払ったあと、再び両手で口元を抑えた。目に涙が溜まってきている。
「ガンフィ、吐け!吐くんだ!」
ガンフィの肩を掴み、激しく揺する騎士団長。
ガンフィは今度は両手で騎士団長を退けると、ゆっくり口に含んだ物を飲み下し、深く息を吐いた。
「ガンフィ、毒を飲んだのか?!なんてことだ………」
膝をつき、がくりと項垂れる騎士団長。
「あのね、騎士団長。あれは毒じゃなくて、マヨネーズだよ。調味料なの。作ってるところ見ていたんだから、毒なんか入れてないことはわかるでしょう?」
「見てはいたが、私は料理などしない。毒を混ぜたとしても、気付けなかったのではないかと………」
確かに。普段、料理なんてしない人にしたら、マヨネーズの材料なんて見てもわからないと思う。見た目で毒とわからない物が紛れていたとしたら、騎士団長には気づかれずに毒を盛ることができる。
でも、わたしは毒なんて盛ってないからね!
「もうっ。ガンフィも何か言って!じゃないと、もうマヨネーズあげないよ?」
「はっ!それは困る!」
わたしに言われて、ガンフィは勢いよく立ち上がった。
やっぱり、座っていた椅子ががたんっと音を立てて倒れた。
「皆で何やってるの〜?お酒も飲んでないのに酔ったの?」
呑気な声と共に、アリアが揚がったトンカツを手に傍に来た。
「ちょっとした誤解があっただけ。それより、お肉はもうなくなったでしょ?後片付けを手伝うね」
「誤解ですと?!いや、誤解………?なのか………?ガンフィ、身体はなんともないのか?」
騎士団長はわたしに食ってかかろうとして、何か言葉を探している様子のガンフィを見て止まった。混乱しているようだ。
「私はお皿を割ったりしないからひとりで大丈夫よ」
アリアは騎士団長を無視することに決めたようで、さっきのわたしの言葉ににこやかに返事をした。
「じゃあ、フライパンの油はそのまま置いておいてね。まだ熱いから触ったらだめだよ」
「うん。わかった」
さてと。後片付けはアリアに任せるとして、こっちのテーブルの処理はどうしよう?
いつの間にか騎士団長はガンフィのこと愛称で呼ぶようになってるし、ガンフィはスプーンを手にマヨネーズだけ食べようとして騎士団長に止められてるし、クロムはそんなふたりを冷めた目で見つめている。