85 トンカツを作ろう
「それで。私は合格ですか?」
「え?」
「なにを確認していたのかわかりませんが、私を試したのでしょう?」
「違うよ。敵か味方か、知りたかっただけ」
「なるほど。それで、わかりましたか」
「うん。騎士団長は、敵だよね」
「それは、笑いながら言うことですか?」
そう言って、騎士団長は苦笑した。
「ふふふっ。だって、少しも隠しもしないんだもの。潔くて気持ちいいくらいだよ」
「エル様のおっしゃる通り。ラーシュは昔から、羨ましいくらい真っ直ぐなんです。迷うことはないのかと、問いたくなるほどに」
ガンフィはわたしに同意しながら、騎士団長を羨ましそうに眺めた。
「それで、どうしますか。私を殺しますか」
「そうだね………まずはお風呂に入ってもらうね」
「は?」
「綺麗になったら回復魔法をかけてあげる」
「はあ?」
「お腹空いてるでしょ?ご飯はトンカツでいい?」
遅い時間に揚げ物なんて食べたら太るかもしれないけど、ここにはトンカツくらいで太るような人は誰もいないからいいよね。
「ちょっと待て!」
そんなこと言われても、待てない。時間がないんだから。
「ランベル来て」
「にゃ?」
個室に入らず、廊下で大人しくしていたランベルが、個室の入口から頭をにゅっと入れてきた。
「フォレストキャットだと?!」
とっさに拳を構える騎士団長。
「ランベル、騎士団長を浴室へ運んで」
「にゃ〜ん」
ランベルはにゅっと個室に入ってくると、素早く動いて前足で騎士団長を床に叩きつけた。騎士団長は「ぐうっ」と呻いて立ち上がろうとしたけれど、ランベルに抑えられて動けない。そしてランベルは可愛い口をガバっと開けて騎士団長の腰を咥え廊下に出ると、トットットと軽快に走り出した。
「ぎゃああ〜〜〜!」
なぜか、騎士団長の悲鳴が聞こえた。ランベルはあんなに可愛いのに、なにが恐いんだろう。まあ、いま考えても仕方ない。あとで聞けばいいか。
「じゃあ、上に行こうか」
わたしが先頭に立って歩き出そうとすると、すかさずクロムに抱き上げられた。歩きたかったのに。
1階に戻り浴室へ行くと、騎士団長が脱衣場の床にうつ伏せに倒れ、背中をランベルの前足で抑えつけられていた。
「ランベルありがとう。湯船の用意して来るから、もう少しそのままでいてね」
クロムに降ろしてもらい、湯船にお湯を溜めた。
ついでに、香りの良い石鹸を置いておく。
騎士団長は公爵様だから、普段から石鹸も良い物を使い慣れてるよね。慣れた物を使ったほうが、リラックスできると思うんだ。
そういえば、ガンフィは王子様だから騎士団長より立場は上なんだよね。ちっとも偉そうじゃないから忘れてたよ。
脱衣場に戻り、今度はタオルを4枚出す。騎士団長と、ガンフィの分だよ。
「ガンフィも騎士団長と一緒にお風呂に入ってね。お風呂から出たら、騎士団長を家まで連れて来て。一緒にご飯を食べようね」
「え?私も風呂に入るのですか?」
「うん。騎士団長をひとりにするのはよくないでしょ?」
「あぁ、そういう訳ですか」
「ランベル、もう騎士団長を離していいよ」
「にゃん!」
ランベルはひと声鳴くと、騎士団長から前足を離してわたしに頭を擦り寄せてきた。耳の付け根を搔いてやると、満足したようでどこかに行ってしまった。
「それじゃあ、お風呂が終わったら家に来てね」
ガンフィと騎士団長に声をかけると、わたしはクロムと一緒に急いで家へ帰った。
トンカツを作るのは簡単だけど、なにしろ大食漢がいるからね。沢山作らなきゃいけない。時間がないの。
家の扉を開けると、予想外の人物がいた。サムサとアリアだ。
「ふたりとも、どうしてここにいるの?なにかあった?」
「俺達の手助けが必要なんじゃないかと思ってさ」
「来たら迷惑だった?」
「迷惑だなんて、とんでもない!いまからトンカツを大量に作るから、手伝ってくれる人が欲しかったの。来てくれてありがとう!」
サムサもアリアも疲れているだろうに、優しいなぁ。嬉しいなぁ。
「そういえば、荷物と手紙が届いてるよ」
「中身は見た?」
わたしは台所に立ち、豚の塊肉をマジックバッグから取り出しながら聞いた。
それを見たアリアが、自分の分とわたしの分のまな板と包丁を用意してくれた。気が利くようになってきたね。
「男物の服がいっぱいあったよ」
それを聞いて、ガンフィと騎士団長のことを思い浮かべた。ふたりとも、着替えなんて持ってないよね。お風呂に行かせたのはいいけど、ふたりとも、脱いだ服をまた着るしかない。それは可哀想だ。
ルオーが男物の服を送ってくれてよかった。
「サムサ、ふたり分の服を隣の館の脱衣場に届けてくれる?」
「いいよ。てきとうに選んで持って行くね」
そう言うと、サムサは居間に置いてあった木箱をゴソゴソ漁り始めた。
「じゃあ、わたしが肉を切り分けていくから、アリアはこうやって肉を叩いて柔らかくしてね」
わたしは、見本として1枚だけ切り出した豚肉を包丁の背で叩いた。
「わかった。任せて」
アリアの言葉を聞きながら、両手いっぱいに服を抱えて家を出て行くサムサを視界の端で見送った。