84 エル、思い悩む
騎士団長は遺跡でギベルシェンとの戦闘が始まったあと、戦闘で魔法陣が壊れないように場所を移動した。遺跡は足場が悪く、戦いの場に向かないというのもあったらしい。そうして森の中で戦っているときに、ギベルシェンの援軍がやって来た。最終的に、フォレストキャットのランベルに猫ぷちされて意識を失ったそうだ。ランベル強いね。
1対多数の戦いを繰り広げた騎士団長は、全身ボロボロになっていた。着ていた騎士服はあちこち破れ、血が滲んでいる。どれも酷い傷じゃないけど、ほおっておけば傷口からばい菌が入って悪化してしまうかもしれない。すぐに治してあげたいけど、傷口が汚れていて、いまの状態で治してしまうと体内にゴミや汚れが取り込まれてしまう。それは避けたい。
傷を治すのはお風呂に入ってからだね。
「王城の様子はどうだ。ロゼリアと子供達は無事か?」
ガンフィが剣を鞘にしまい、わたしに渡してきた。わたしはそっとマジックバッグへしまった。
いまのところ騎士団長は協力的だけど、武器を奪われたらなにが起きるかわからない。手の届くところに武器はないほうがいい。
「皆、行方知れずとなったガノンドロフ殿下の心配をしております。殿下は毒を盛られ、吐血いたしましたので、御身が失われていないかとロゼリア妃が大変心配されていました。ロゼリア妃とお子様達は、離宮にて騎士と近衛による厳重な警護の元、お暮らしいただいております。ガノンドロフ殿下に毒を盛った者が、ロゼリア妃とお子様達に危害を加えないとも限りませんので」
「なにが警護だ。軟禁の間違いではないのか」
「お怒りはごもっともですが、妃殿下とお子様達をお守りするために必要な措置です。ご理解ください」
「………ミルドレッド姉上の動きはどうだ。いまどうしている」
「ミルドレッド姫様は、アムナート様の鱗を手に現れ、王太子の再考を陛下に願い出ております。しかし、陛下がガノンドロフ殿下の生死が判明するまでは後継者に関する発言を禁じたため、ミルドレッド姫様は大変機嫌を損ねていらっしゃいます」
国王は、ガンフィのことを大切に思っているんだね。
ガンフィは毒を盛られて魔法陣で転移して行方知れずの状態なのに、いつ見つかるかわからないのに、その生死がわかるまで後継者の話はしないだなんて。
もしエグファンカ達がガンフィを助けなかったら、今ごろガンフィは魔物に食べられて骨も残っていなかったはず。骨すらなければ、どうやってガンフィが死んだって判断するの?1年とか、2年とか期限をも受けて、その間にガンフィを見つけられなかったら王太子を交代させるのかな?それだけの期間、ミルドレッド姫は待てるの?
ミルドレッドにクロムがリングス商会に売った鱗を強引に手に入れて、自分には王太子の資格があると主張しているんだよね。だったら………。
って、ちょっと待って!
なんでわたし、人間の王家のお家騒動に頭を悩ませているの。魔物のわたしには、人間の国の支配者がどうなろうが関係ないじゃない。関わってしまった以上、ガンフィの手助けするのはいいと思うけど、積極的に関わるのは違うでしょ。
遺跡の魔法陣は使えなくなったから、これ以上、魔法陣を使って人間が押しかけてくることはない。そして、魔法陣の出口が黒の森に繋がっていることを知っているのは、こちら側にいる者だけ。ということは、ガンフィと騎士団長が村にいることを王城の人間が知る術はない、よね?
それなら、ルオーを通じて情報を手に入れながら状況を確認して、敵を見極めたほうがガンフィも動きやすいと思う。
わたし達がガンフィの敵に仕掛けることはしないけど、ガンフィを支援するのはいいよね?
ガンフィだって、魔物が後ろ盾になったりしたらハノーヴァー国での立場がなくなるよね?
それに、わたしはやることがいっぱいで、ガンフィにばかりかまっているわけにはいかないの。
わたしはのんびり暮らしたいのに、毎日、忙しすぎるよ。
「はぁ〜〜〜」
「ため息なんかついてどうした」
わたしが突然ため息をついたものだから、クロムが驚いてびくりとした。ガンフィと騎士団長は、なにかあったかと考えを巡らせている。
「あのね、クロム。のんびり暮らすのって、難しいんだね」
「??………エル、疲れたのか?帰って休むか?」
クロムは腰を屈め、私の顔を覗き込んだ。
「その前に、騎士団長に聞きたいことがあるの」
「なんでしょう」
騎士団長は落ち着いた顔をしているけれど、わたしの言葉に身体を固くしたのがわかった。
「あなたは誰に忠誠を誓っているの?」
「私は騎士団長ですよ。国王陛下に忠誠を誓っております」
騎士団長は、なにを当たり前のことを聞くのだろうという顔をしている。
「じゃあ、ガンフィの敵?それとも味方?」
「おかしな質問ですね。いまは私がガノンドロフ殿下の敵になる理由がありません」
「ふうん。味方とは言わないんだね」
「私は国王陛下の剣です。国王陛下がガノンドロフ殿下を斬れとおっしゃるなら、斬ることもあるでしょう」
「そう」
「………知りたいことはわかりましたか?」
「うん。ありがとう」