83 ラーシュ・ダイダロス騎士団長
「ところで。クロム様とは誰ですか。それに、そちらの少女は?」
騎士団長はわたしとクロムを見て、頭に疑問符を浮かべている。疑問はもっともだ。紹介されてないんだから、わからないよね。
わたしはクロムの腕を軽く叩いて、下に降ろしてもらった。
ベッドに近寄り、騎士団長と目を合わせた。
「はじめまして、騎士団長。わたしはエル。黒の森の主アムナートの娘だよ」
アムナートと言った途端、騎士団長の身体が強張った。
「ああ、ごめんね。怖がらせちゃったかな?」
「怖くなどない。驚いただけだ」
「そう?」
言葉遣いも顔も強張ってるけど、大丈夫かな?
「ここは黒の森にある、獣人の村だよ」
「黒の森?獣人の村と言うと、最奥の村のことでしょうか?」
「どうだろう?ここより奥に村はないから、たぶん、その最奥の村だと思うよ」
「そうか………ずいぶん遠くまで飛ばされたのだな」
ぽつりと呟くと、騎士団長は静かに深呼吸をした。
「私と戦った魔物達は、エル様の眷属でしょうか」
「眷属ってなに?ギベルシェン達は、好意でわたし達に協力してくれてるだけで、手下とかとは違うよ」
「ギベルシェン?森の精霊とも呼ばれる、あのギベルシェンですか?!………やはり、あれはギベルシェンだったのですね」
騎士団長は激しく驚いて、ガンフィがツタを腰まで解いてくれたおかげでガバっと起き上がった。
「なにを言っている。名付けを行った魔物は、エルと従属関係になるのだぞ。ギベルシェンもランベルも、エルのしもべだ」
クロムは騎士団長の言葉を無視して、わたしに話しかけた。
え。名付けをすると、従属関係になるの?そんなの聞いてないよー!ギベルシェンなんて、名前がないと不便だから、っていう理由で名前をつけたのに!
「それ、もっと早く言ってよ!」
「なぜだ。言っても言わなくても、結果は同じだろう」
「それは、そうなんだけど………」
「ところで。あなたは何者でしょうか」
騎士団長がクロムを見て言った。
「あれ、言ってなかった?わたしのお父さん、アムナートだよ。でも、クロムって呼んでね」
「え?あなたが漆黒の王アムナート様?!」
ドラゴンの姿のときは魔力も威圧も垂れ流し状態のクロムだけど(それでも本人は、抑えてるって言ってた)、人化の術を使っているときは魔力も威圧も人間に相応しく抑えられている。だから、一見すると人間と変わりないんだよね。
「ふふふっ。うまく化けてるよね〜。じゃあ、自己紹介も終わったたことだし、本題に入ろうか。騎士団長、あなたは誰の命令で動いているの?魔法陣を使った目的は?目的を達したあとは、どうやって帰るつもりだったの?それから、王城の様子はどうなってるの?ガンフィの家族は………」
「待て待て!そう一度に聞かれても答えられん」
あ、答える気はあるんだ。
「ええと。私は王命に従い、ガノンドロフ殿下を探すために魔法陣を使用しました」
「ラーシュ、その王命を受けたのは君だけなのか?他にもいるのか?」
そうか!そうだよね、ガンフィ。ガンフィの捜索を任されているのは、騎士団長だけとは限らないんだね。
「私の他に、騎士団員のオルガ・ディフェンサーと近衛のリヒト・ファフニールが選ばれました。それぞれ、別の魔法陣を使用してガノンドロフ殿下を探しています」
ふうん。魔法陣ひとつにつき、入るのはひとりってことかな。魔法陣はどこに繋がっているかわからないと言うし、飛ばされた先でひとりの人間を見つけるのは大変だよね。
だからと言って、捜索に多くの人員を割くことはできないのかも。だって、飛ばされた先から無事に帰って来れるとは限らない。
魔法陣は一方通行かもしれないし、飛ばされた先で大怪我をするかもしれない。
捜索隊に選ばれたのは、王家の血を引き、戦闘能力皮高く、応用の効く優秀な人のはず。そんな貴重な人達を、そう何人も投入するわけにはいかないよね。
確かに王太子は国にとって大事だけど、ハノーヴァー国には他に王子と姫がいる。後継者には困らない。国全体のことを考えるなら、3人というのが捜索に出せる最高の人数だったのかもしれない。
「ラーシュ、ツタが外れたぞ」
ようやく、騎士団長の下半身に巻き付いていたツタをガンフィが外した。
自由になった騎士団長はベッドから立ち上がると、腕や首を動かし、身体に異常がないか確かめている。
「計画では、魔法陣で転送されたあと、魔法陣を使用して戻れるか確認し、それからガノンドロフ殿下の捜索にあたることになっていました」
「………戻れたのか?」
ガンフィは、興味深そうに聞いた。かなり気になるようだ。
………そっか。ガンフィは 魔法陣で戻れるか試さなかったんだ。王城から逃げて来たわけだし、周りをオークに囲まれていたから、魔法陣を起動させる時間がなかったのかも。
「いえ。魔法陣で転送された遺跡にはギベルシェンがいて、すぐに戦闘になりました。魔法陣を起動している時間はありませんでした」
そうなんだ。ギベルシェンの誰かが、魔法陣を見張っていてくれたんだね。