76 ゴーレム
「………エル、どういうことだ。あのゴーレムは、おまえに挨拶しているぞ」
クロムの声が、若干、呆れているように感じる。
「わたしに言われてもわからないよ!」
「そうか。だが、俺と離れてから、何かなかったか?」
問いかけのようで、クロムの声は、わたしが何かしたと確信めいている。
何かあったっけ?
遺跡の中を歩いていて、それで………壁に赤い石を見つけて………え?!あれのせいなの?!
「その顔は、思い出したようだな」
「遺跡の壁に赤い石があってね、それに文字が浮かび上がったの」
「どんな文字だ。覚えているか?」
「ええと………汝、古き血を身に宿す者よ。我らに息吹を吹き込め。さすれば、我ら、汝の剣とならん。我ら、汝の盾とならん。………それから………ルシェ・ディ・リースベット………だったよ」
「そうか。エル、その言葉の意味はわかるか?」
言葉の意味?
まず、「古き血を身に宿す者」はわたしのことでしょ?でも、言葉の意味はわからない。「古き血」ってなに?
次の「我らに息吹を吹き込め」は、なんとなくわかるよ。あの赤い石はゴーレムの一部だったのだから、ゴーレムに「息吹」つまり魔力を込めろってことでしょ。
それから、「我ら、汝の剣とならん」は、わたしの代わりに敵と戦ってくれるという意味でしょ。
「我ら、汝の盾とならん」は、わたしを守ってくれるという意味だよね。さっきの剣の言葉と合わせると、まるで騎士の誓いみたい。
最後の「ルシェ・ディ・リースベット」は、誰かの名前かな?
まとめると………魔力を込めれば、ルシェ・ディ・リースベットがわたしの騎士になってくれるということかな。
考えた結果をクロムに話すと、クロムは頷いた。
「概ね合っている」
「概ね?どこが違うの?」
「まず、奴は「我ら」と複数形で言っている。それに、ルシェ・ディ・リースベットは個人名ではない。古代語で、「我に従え」だ」
古代語がわかるなんて、クロムは頭がいいね。それとも、古代から生きているってことかな。
「エル。ゴーレムは命令に従う魔物だ。命令がなければ、何も行動できない。だから、ゴーレム達は望んだのだ。「命令」を」
「………えっと、わたしが「命令」しちゃったから、ゴーレム達はわたしの騎士に………なった?」
「そうだ」
わたしの言葉を聞いて、クロムは満足そうに頷いた。
地上にいるゴーレムはいつの間にか頭を上げていて、彼(?)も満足そうに頷いていた。
「クロム。ゴーレムにも表情があるんだね」
「………そうだな。奴らは特殊個体なのだろう」
「特殊個体?」
「そうか。エルはワームもゴーレムも初めて見るんだな。それなら、わからなくとも無理はないか」
どういうことだろう?クロムは、今、目の前にいるワームとゴーレムが普通じゃないと言いたいの?
「まず、ワームは粘度が少なくサラサラの砂地に住む。植物の根が地中にはびこり、石が混ざり、砂地より遥かに動きづらい森の土地で生きられるワームはいない」
「でも、いるよ?」
今も地上で頭をウネウネさせている。見慣れてくると、可愛いかもしれない。
「そうだ。いる。つまり、この地に適応したということだ。攻撃能力は、先ほど見た通りだ。地中にいて全身が見えんが、あれの全長はなかなかのものだぞ」
全長か………。ワームがミミズを大きくさせたものだとしたら、口の直径の40倍?50倍?くらいの長さだとしてもおかしくないよね。すごい!それだけの長さのワームが地中で暴れたから、わたしは複数の魔物がいると勘違いしたんだね。
「そしてゴーレムだが、あれも大概おかしい」
「どこが?」
「ゴーレムは石や土くれに魔核を埋め込み魔力を注ぐことで形を成す。その身体は屈強だが動きは悪く、ぎこちない。当然だな。石や土くれが、滑らかに動けるわけがない」
「え、でも、あのゴーレムは人間みたいな礼をしたよ?」
「そうだ。あのゴーレムの動きは、あり得ないことに人間と同じだ。エルは、なぜ人間が滑らかな動きができるか知っているか?」
「骨と筋肉があるから?」
「!」
クロムはわたしの答えに目を大きく見開いた。
「驚いた。よく知っていたな。そうだ。骨と筋肉が全身を支え、バランスを取り、力を生み出す。その動きができてこそ、身体は滑らかに動ける」
「じゃあ、あのゴーレムは骨や筋肉があるのかな?」
「はい、あります。主様は、人の形を模して私達をお作りになりましたから」
「「は?!」」
流暢な言葉がゴーレムから聞こえてきて、クロムもわたしも驚いた。
………口がないのに、どうやって声を出したんだろう?
「こちらへ来ていただけませんか?そこでは、遠すぎます」
あれ?そういえば、ギベルシェン達やランベルはどうしたんだろう?これだけ騒ぎを起こせば気づかないはずがないよね?
騒ぎに気づいたら、助けに来てくれると思うんだけど………来ないね?