75 地中から現れた者
建物の外へ出ると、わたしは周囲を見回した。崩れた石造りの建物が木々や草といった植物に覆われ、ここで人々が暮らしていたのがはるか昔であることを物語っている。
そもそも、この遺跡ができた当時だってここは黒の森として存在したのだろうし、その時だって人間には危険な場所であったことは間違いないよね。ハノーヴァー国の人間は、どうして王族が使う魔法陣をこんな危険な場所に設置したんだろう。
前に、ロコルナ=ティルリが言っていたね。獣人の村はクロムを慕う者達が作ったもので、村が作られたのは100年以上前のことだって。
遺跡は、100年どころか、少なくともその倍の200年は経っていそうな気がする。
遺跡が住居として使われていた頃の、黒の森ってどんな様子だったんだろう?人は住んでいたのかな?魔物はいたのかな?
そして、わたしには想像もつかないほど昔から、クロムはこの森に住んでいたんだよね?
………あ、あれ?………なんだろう?!
遺跡の中を歩いていると、壁に絡みついた植物の間から何かが光って見えた。
急いで壁の元へ走り、身体強化をして壁に絡みついた植物を素手で掻き分けた。ちょうどわたしの目線の高さに、赤い石が埋まっていた。磨かれたように丸い赤い石は直径5センチくらいで、曇りがなくきれいだった。
「宝石かな?」
じーと見ていると、石の中に文字が浮かび上がってきた。
なになに?
「………汝、古き血を身に宿す者よ。我らに息吹を吹き込め。さすれば、我ら、汝の剣とならん。我ら、汝の盾とならん。………ルシェ………ディ……リースベット………?」
石の中に浮かび上がった文字は、私が読み終わると消えてしまった。
何だったんだろう?クロムに聞けばわかるかな?
クロムを呼びに行こうと振り返ったわたしは、地震を感じてしゃがみ込み、地面に手をついた。
「!!」
地面の中で、何かが動いている!!
その何かは、複数いるのか?あちこちで蠢く気配を感じる。この地震は、何かが地中で動いているせいで起きてるの?だとしたら、わたしはどうしたらいいの?
わたしはクロムみたいに空を飛べないし、この揺れでは、木の上に避難しても激しい揺れで地面に落とされてしまう。
「エルーーー!!」
「クロム!!」
クロムの声が聞こえてとっさに両手を伸ばすと、わたしの腕の下に伸ばされた逞しい腕がわたしの身体を掬い上げた。身体がひょいと浮かび上がり、そのまま上空へと飛び上がった。
眼下では、遺跡が崩れ、地中に取り込まれていく恐ろしい光景が繰り広げられていた。地面に穴が開き、そこに遺跡が飲み込まれていく。周囲の建物や植物を丸ごと飲み込むと、穴は他の場所へ移動した。でも不思議と、さっきわたしがいた所だけは何事もなかったかのようにぽつんと残っている。
わたしは震える身体を抑えるように、自分の身体を抱いた。クロムの温もりだけでは、この恐怖は収まりそうもない。
「な、なにが起きてるの?」
「………おそらくだが、地中にワームがいるのだろう」
そう答えたクロムの声は、珍しく自信なさげで戸惑ってしまう。
ところで、ワームってなに?
「ワームは、通常は砂漠に生息する魔物だ。こんな森の中に現れる魔物ではない」
そうなんだ。で、そのワームが、どうして遺跡を飲み込んでいるの?
クロムは両腕でわたしをしっかり抱き直すと、遺跡の残骸へ鋭い視線を向けた。
ワームが地中で暴れまわったせいで、遺跡は周囲に生えていた植物ごとなくなっていた。一帯が、土色の土地へと変わってしまった。そうなってようやく、ワームの頭が地上へ姿を現した。
ワームは、大きなミミズだった。分厚い灰色の皮膚に、目や鼻のない頭部。口は開いていていて、びっしりと生えた鋭い歯がよく見える。口の直径は、4メートルってところかな。そのワームが頭をこちらへ向けて、
「ギョエエエエッ!」
と鳴いた。
「威嚇にしては、様子がおかしいな」
クロムにしがみついたままワームを観察していると、ワームは頭を地面に横たえた。
ワームが身じろぎしたあと、ワームの口の中から丸い物体が転がり出た。それはワームよりも明るい灰色で、直径は2メートルほど。丸い物体は少し地面の上を転がって止まった。重量があるらしく、地面に転がった跡ができていた。よく見ると、その丸い物体には赤い石が嵌っている。さっき遺跡の壁で見た物に似ている。
と思ったとき、丸い物体にいくつものヒビが入った。ヒビは全体に広がり、丸い物体は壊れ………?違う!これは、ヒビじゃない。割れているわけでもない!
「………ゴーレムか」
やがて丸い物体は、人の形をとった。石の身体を持ったその魔物は、額に赤い石を嵌めていた。石の身体は背が高く、表面が美しく磨かれていて動きも滑らかで、体型はスラッとしている。
ゴーレムは辺りをキョロキョロと見回す仕草をすると、緩やかに首を傾け空を見上げた。そしてわたしを見つけると、膝と腕を曲げてお辞儀をした。頭を深く下げる、明らかに自分より上位の者に対する礼だ。