74 遺跡調査
「にゃ〜ん」
猫の鳴き声が森から聞こえてきた。
そのとたん、ギベルシェン達が勢いよく畑からスポーン!と飛び出し始めた。
「こわっ。な、なに?!」
畑から飛び出ると、ギベルシェン達は次々に森に向かって駆け出した。
ただ、ちらりとわたしを見て、走りながら手を振ってくれる子もいる。その子には、手を振り返した。
ギベルシェン達は野菜や果物にぶつからないように器用に走り、次々に森の中に消えて行った。何だったんだろう?
「そういえば、エグファンカ達は静かだね?」
畑の端にあるふたつの小屋は静かなもので、羽音ひとつしない。
「エル!」
呼ばれて振り返ると、クロムが背後にいた。いつの間に来たんだろう。
クロムはわたしを抱き上げると、険しい視線を森のむこうに向けた。
「クロム、どうしたの?」
「ランベルが、魔法陣から何者かが現れたと報せてきた」
「え、いつ??わたしはランベルの声なんて聞こえなかったよ?」
「そうか。エルには報せなかったか。気を使ったのではないか?」
気を使った?ランベルが?
「ギベルシェンはランベルの合図を受けて、侵入者の元へ急行したな」
え?
ふと、ランベルに会ったときのことを思い出した。「エルはすごく弱そうにゃ」「にゃ〜が守ってやるにゃん」と言っていた。もしかしてランベル、わたしを危険に近づけないために何も知らせてくれなかったの?
たしかに、わたしが行っても何の役にも立たないと思う。生まれてからこれまで、戦う訓練なんてしてくなかったもの。植物魔法は使えるけれど、それをどう戦闘に生かせばいいのかわからない。
でも、魔法陣を抜けて来た誰かさんが、好戦的とは限らないよね?話し合いでなんとかならないかな?
それに話し合いなら、少年少女に見えるギベルシェン達より さらに幼い見た目のわたしが相手の方が油断してくれるんじゃないかな。
「ねえ、クロム。わたし達も行ったほうがいいんじゃ………」
どおおおぉぉぉぉんっ!
「え?」
遺跡方面の森の中から、空に向かって風の柱が立った。
「………森の中で火の魔法は使わんか」
「クロム。何が起きてるの」
「侵入者がギベルシェンと接触したのだろう」
「大変!いくらギベルシェンだって、あんな攻撃を受けたらただじゃすまないよ。助けに行こう!」
「そう焦るな。あの規模の魔法を、人間がそう何度も放てるとは思えん。それに、直撃を受けたところでギベルシェンならうまく受け身をとるだろう」
「でも、心配だよ」
「………ランベルもいる。問題ない」
「そう………かな」
「それより、俺達は遺跡へ行くぞ。魔法陣を封じる」
え?魔法陣って封じることができるの?わたしは、魔法陣は壊してしまったほうがいいと思ったけれど、封じるのと壊すのと、どっちがいいだろう?
「魔法陣を使えなくするだけなら、破壊した方が早い。だが、調査するには封じた方がいい」
聞く前に、クロムが教えてくれた。
クロムはわたしを抱いたまま、飛ぶように森の中を走り出した。景色が飛ぶように過ぎていく。戦いが起きているだろう場所を大きく迂回して、わたし達は遺跡までやって来た。
石でできた遺跡は長年雨風に晒されたことであちこち崩れ、かつての姿を留めているところはない。天井はすべて崩れ落ち、屋根の代わりに草木が無造作に置かれている。
というよりも、ほとんどの建物が草木と一体化している。植物が建物を飲み込もうとしているの。植物の力は強いね。
草木が屋根を作っている建物を覗くと、オークが寝床に使っていたのか、床に草が敷かれていた。
クロムは迷うことなく、ひとつの建物へ向かった。そこは他よりも大きく立派な造りをしていて、石の天井はなくなっていたけれど、壁はしっかりと残っていた。周囲の草木が建物を覆い尽くすようにして自然の天井を作っていて、床のタイルはしっかりと残っている。寝床だと思われる場所には、さっきの建物と同じように草が敷かれていた。
クロムは、その建物の中へと入り、魔法陣を探すように床を見ている。
まだ早朝の早い時間で薄暗い中、建物の中にいるせいで余計に薄暗い。それでも、わたしは夜目が効くらしく、昼間ほどてはないけれど、すべてのものがはっきり見える。
でも、わたしには魔法陣は見つけられない。
………あ、そっか。発動しているときだけ見えるのかも。
クロムが地面に手を翳すと、床の一部が光り輝いた。中心部は円状だけど、その周囲には植物が絡みつくような形になっている。
クロムはその光り輝く魔法陣に手を翳したまま、何かをぶつぶつと呟いた。すると、魔法陣は一際激しく輝いたあと緑色の線となって現れた。もう光ってはいない。
「クロム、何をしたの?」
「魔法陣を封じた。これで、魔法陣の詳細を調べられる」
「じゃあ、少し時間がかかるね。わたしは外を見て来ていい?」
魔法陣は細かくて、わたしには、何が何だかわからない。ここにクロムと一緒にいるよら、遺跡の中を見て回るほうが楽しそう。
「遠くへは行くなよ」
「うん。わかってる」