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「どうした」
クロムが自分の膝にわたしを乗せたまま、サムスをちらりと見た。
「リングス商会から荷物と手紙が届いたよ。物は仕分けて、いくらか加工小屋に運んでおいた。塩は加工小屋で使うんだよね?」
「うん、そう。報せてくれてありがとう」
ギベルシェンで、ここまで気が利くなんて珍しい。いい子だなあ。
サムスの気遣いにほっこりしていると、サムスはポケットから手紙を取り出した。明らかに、ポケットには入りきらないと思われる大きさの手紙だ。………なにそれ。マジックバッグならぬ、マジックポケットなの?ギベルシェンて、ほんとおかしな生き物だよね。頭に葉っぱが生えてるしね。
あれ、でもちょっと待って。ギベルシェンがお揃いで着ているあの衣服は、本物の布から出来ているの?それとも、わたしやクロムみたいに、魔力で作り出しているの?
もしも、ギベルシェンの衣服が魔力手作り出した物だとすれば、あのポケットは魔力が生み出したもの。マジックアイテムではないということになる。
ええと、つまり………サムスはクロムみたいにアイテムボックスが使えるということ?!
「サムス、サムス!」
「え、なに。そんなに慌ててどうしたの?」
「サムスはアイテムボックスが使えるの?」
「ふふふ。そうだよ〜。魔力を消費するから普段は使わないけど、たまに使ってみたくなるんだよね。はい、手紙だよ」
サムスが渡してくれた手紙は、いつも通り木札に書かれていた。
紙は高級品だもんね。
「じゃあ、手紙は届けたからね。僕は畑に行って休むよ。夜はサムセとアリエの当番だから、何かあったらサムセ達に言ってね」
「うん、ありがとう。………あっ、待って!畑にはカイトって言う獣人の子供がいるはずだから、仲良くしてあげて?」
「へえ。獣人にも、あの畑の良さがわかるの?見る目があるね。いいよ。カイトに優しくしてあげる」
………違うんだけど、まあいいか。わざわざ訂正するまでもないよね。
サムスを見送ってから、わたしは木札を読んだ。
『クロム様、エル様、現状についてご報告いたします。
王都ではガノンドロフ殿下の失踪が公に発表され、正式に捜索隊が組織されました。そのため王都では混乱が見られますが、ここアルトーではいまだ情報が流れて来ないため静かなものです。
そして極秘裏に、王族の血を引く高位貴族の中から腕の立つ者を選び、魔法陣へ送り込む計画がなされています。最有力候補は、騎士団長のラーシュ・ダイダロス。ダイダロス公爵です。
いまは文献を漁り、陛下に聞き取りを行い、魔法陣と、その出口について調査を行っているところですが、早ければ明日にもダイダロス騎士団長が魔法陣に飛び込むとのこと。
騎士団長は剣の腕が立ち、部下からの信頼も厚く、話せばわかる男です。身体的特徴は、ガノンドロフ殿下がよくご存知でしょう。殿下にご確認ください。そして接触は、くれぐれも慎重にお願いします。
さて。ガノンドロフ殿下の衣服に関してですが、あと数時間ほどお時間をいただきたく。仕立て屋を急がせておりますが、もう少々時間が必要です。その代わり、ご用意できた物から送らせていただきます。今回は、装備品を送らせていただきました。どうぞ、お役立てください。
エル様の衣服に関しては、私が見立てさせていただいた物をご用意させていただきました。
その他ご要望があれば、何なりとお申し付けください。云々………』
木札には、野菜、果物の人気が高く、需要が高いことも書かれていた。状況が落ち着き次第、送ってほしいと。
ルオーの希望はわかるし、野菜や果物をリングス商会へ送ってあげたいけれど、いまはギベルシェン達が畑仕事できる状態じゃないんだよね。
遺跡の調査に、森の見回りに、村の警護もあるし、洞窟の魔法陣の管理もある。人手が足りない。
信頼できる仲間を増やすことができればいいんだけど………それは難しいよね。
それにしても、厄介なことになった。
「………ラーシュ・ダイダロス騎士団長か。彼は信頼できる男だ。味方につけたい」
ガンフィを見ると、彼はルオーから届いた木札を読み返しているところだった。
「ガンフィ。ダイダロスとは、どのような男だ?魔物とみれば、敵とみなして斬りかかってくるような男か?」
「ははっ。違いますよ。普段は冷静沈着で、いざとなれば熱く燃えるような男です。森でギベルシェンに出会ったところで、いきなり斬り掛かるようなことはしないかと………」
だと、いいんだけど。
「この手紙の通りだとすると、騎士団長がひとりで魔法陣を通って来るってことだよね?」
「そうですね。しかし、驚きました。私は、緊急脱出用の魔法陣は王家の人間だけが使用できると聞かされていました。王族でなくとも、王家の血を引く者なら魔法陣を使えるなんて、そんなことは思いもしませんでした」
そうなんだ。王家に流れる血が、魔法陣を起動させるのに必要なのかな?
「騎士団長は、王家の血を引いているの?」
「高位貴族は婚姻によって、その殆どが王家の血が流れています。下位貴族も、血は薄いでしょうが、王家の血が流れているでしょう。ラーシュは、もちろん王家の血を引いています。王姉サシャ様が前ダイダロス公爵に嫁ぎ、生まれたのがラーシュですから」
「え。騎士団長がガンフィの従兄弟なの?」
「そうなります」