7 買い物
「仲が良くてよろしいですねぇ」
その声に振り向くと、トリーが微笑ましいものを見るような、優しい表情をしていた。
「それでは、商品を並べていきますね」
ケシーが言い、トリーとふたりで荷馬車の扉を開き、荷馬車の中から台を降ろした。そうやって陳列場所を作り、今度はトリーの肩からかけた鞄に手を突っ込み、明らかに鞄には入らないだろうと思われるサイズの荷物を次々と手際良く荷馬車に並べていく。
「クロム、あれはなに?どうして、あんなにたくさんの物が出てくるの?」
「あれはマジックバックだ。空間魔法で鞄の中の空間を広げ、時間停止の魔法で中の物が劣化しないようになっている」
空間魔法?時間停止の魔法?なにそれ、すごい!
「そんなにすごい魔法を使える人がいるの?すごいね」
「アイテムボックスの魔法が使える付与術師が作っているはずだ」
「アイテムボックスってなに?マジックバックとは違うの?」
「あぁ。マジックバックは、見た目通り鞄の形状をしている。持ち運べるマジックアイテムで、付与魔術がかけられている。登録した者だけが使えるようになっていて、登録者以外には鞄を使えないようになっているのだ。アイテムボックスは、能力者が魔力で作り出した異空間だ。数は少ないが、この能力を持つ者は一定数いるぞ。ただし、その効果は人それぞれ違う。水筒ひとつ分しか入れられない者もいれば、荷馬車1台分の荷物を入れられる者もいるし、時間停止の効果がついている者とついていない者もいる。わかったか?」
そうか。ということは、トリーのマジックバックを借りても、わたしには使えないってことね。それと、アイテムボックスだけど。さっきなにもない空間から鱗を出した力、あれがアイテムボックスなんだと思う。
………そっか。クロムはアイテムボックスが使えるんだ。すごい!
「クロムはアイテムボックスが使えるんでしょ?なにが入っているの?」
「俺がアイテムボックスを使えることに気づいたか。大したものだ。中には、ゴミしか入っていないぞ」
ゴミ?なんでゴミ?そんなもの入れてどうするの?
「たとえば、どんな物が入ってるの?」
「そうだな。俺の剥がれ落ちた鱗や爪だな」
「どうしてしまってるの?」
なにかに使うのかな?
「寝床に放置するわけにはいかんだろう。森に捨てて来るのも面倒だからな。アイテムボックスに入れている」
な、なるほど………。めんどくさがりの綺麗好きってわけね。
「クロム様、ひとまずご要望のあった物を並べてみました。ご覧ください」
トリーに声をかけられて荷馬車の荷台を見ると、所狭しと商品が並んでいた。
「すごーい。これ全部マジックバックに入っていたの?」
わたしが驚くと、トリーとケシーがふふっと誇らしそうに笑った。
「まだありますよ。この2倍の量が、まだ僕の鞄に入っています。えっへん」
そう言って胸を張るトリーが可愛い。
「それも全部売ってくれるの?」
「え、全部はちょっとぉ………」
急に慌てだすトリー。
「申し訳ありません。僕らの食料もあるので、それはご容赦ください」
そっか。行商の旅をするなら、自分達の食料も必要だよね。
「うん。いいよ」
「それで、どれがいいのですか?」
そう言われて、改めて荷馬車の荷台を見ると、大小さまざまな麻袋が目に入った。なにが入っているんだろう?
「あの、それってなにが入っているんですか?」
「ええと、こっちの大きな袋が小麦粉ですね。それからこっちは塩です。あと、トウモロコシの粉に、じゃがいもの粉。少しですが、今回は砂糖も持って来ています」
「砂糖!?」
「お、エル様は砂糖をご存知でしたか。高級品なのですよ。他にも、ハチミツもあります。まあ、ハチミツなら森で採れるでしょうから、持って来ているのはほんの少しですけどね」
砂糖とハチミツがある………それなら、お菓子が作れるかも?
あれ?なんでわたし、お菓子なんて知ってるんだろう?作り方も頭に浮かんでくるし、不思議でならない。クロムが教えてくれたんだっけ?うう〜ん。よくわからない。
そもそも。わたしの体は空気中の魔素を吸収することで、生命を維持している。生きるだけなら、なにも食べなくても問題ないの。ただし、体により取り入れるためには食事が必要で、そのためクロムは魔物を狩ってわたしに与えてくれていたの。
そう考えると、わたしって人間じゃなくて魔物みたい。わたしって、どうなっているんだろう?
「どうしたエル。砂糖とハチミツが欲しくて悩んでいるのか?悩む必要はない。すべて手に入れればいい。どうせ村人は選ばん」
「え、そうなの?甘くて美味しいのに?」
「村人は、それほどお金を持っていませんからね。本当に必要な物を買ったら、甘味を買うお金なんて残らないんですよ。今回はクロム様の慈悲で、お金を払っていただく必要はありませんが………というわけで、砂糖とハチミツはすべてお買い上げでいいですか?」