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「クロム、魔素欠乏症ってなに?病気なの?」
「エル、この星に生きる者はすべて、動物も植物も等しくその体内に魔素を持っている。魔素は大気にも含まれており、生き物にとってなくてはならないものだ。通常は呼吸によって大気から取り入れる分だけで、生きる分には十分だ。足りない分があっても、食事により身体に取り入れることで必要な魔素を補うことができる。だが、稀に身体に取り入れる魔素が必要量より少ない者がいる。それが魔素欠乏症だ。あの小僧は、生命を維持するのにギリギリの量しか魔素を取り込めないのだろう。だから身体の成長も遅いのだ」
「薬で治せないの?」
「薬を使っても、一時凌ぎにしかならん」
「じゃあ、どうして畑に埋めるの?どこの畑でもいいの?」
「この村の畑ではだめだ。家の裏にある、エルが耕した畑でなくては。あの土には、エルと、ギベルシェンが耕したことで豊富な魔素が含まれている。埋まっていれば、肌から魔素を吸収することができるだろう」
「じゃあ、カイトは助かるの?」
「ああ、そうだ」
「良かった!」
「え?」
その声に振り返ると、ルククが床にうずくまって泣いていた。
わたし、何か泣かせるようなこと言ったっけ?
「えーと………それで、新しい家を建てようと思っててね。木の枝を1本………ううん、2本欲しいんだけど………」
「家を建てる??」
ルククは袖で自分の顔を乱暴に拭い、わたしを見上げた。
「わたしが植物魔法を使えるのは知っているでしょ?木の枝を成長させて、家を建てるの。この家と、ついでに、隣の家を新しくしようと思うんだけど………隣の家は誰の家なの?家を新しくするのに、許可がいるよね?」
「ええと、隣はあたしの家です。エル様が魔法で解体小屋を建てるのは見てたから、やり方はわかります。でも、いいんですか?そんなことをして」
そんなこと?家を新しく建てること?
「あっ。もしかして、長の許可がいるの?家を建てたらまずい?」
「いえ、そんなことはありません。家を新しくしてもらえたら、大変ありがたいです」
「じゃあ、大丈夫だね!サムサ、木の枝を2本持って来て」
「わかった」
家の外に控えていたサムサにお願いすると、サムサはすぐに木の枝を持って現れた。早い。動きがとにかく早い。あらかじめ木の枝を用意していたんじゃないかと思うほど、サムサが行って帰って来るのは早かった。
クロムに地面に降ろしてもらい、サムサから木の枝を受け取った。そのまま家の外に出ると、ルククが慌てて追いかけて来た。
「エル様!家を建ててもらえるのは大変ありがたいんですが、あたし達だけ家を建ててもらうのは、何ていうか、申し訳な………」
「え?誰が、ルクク達だけって言った?」
「え?」
「こうなったら、村中の家を建ててあげるよ。全部同時にはできないから、少しづつだけどね」
「あ、ありがとうございます!」
「あ………でも、オイクスが勝手なことするなって怒るかな?」
「そんなことで、俺は怒ったりしない」
いつからそこにいたのか、オイクスがリーナの家の前にいて、じっとわたしを睨みつけていた。
この顔を見たら、怒っているようにしか思えないんだけどな。オイクスがそう言うなら、まぁいっか。
「じゃあ、村中の家を建てていい?」
「………いいのか?」
「え?いいのかって、どういうこと?」
「その………ほら、村中の家を建て直したりしたら、大量の魔力を使うだろ?身体は大丈夫なのか?」
ん?オイクスが、わたしの心配をしてくれてるの?なんで?………少しは、わたしをこの村の住人として認めてくれたのかな?だとしたら、嬉しいな。
「さっきも言ったけど、少しづつやるから大丈夫だよ。長の家は明日やるね」
「そうか。………それなら、いい」
それだけ言うと、オイクスは静かに去って行った。
相変わらず愛想はよくないけど、オイクスに認められたようで嬉しかった。
シャーシャー威嚇してくる猫を手懐けた気分。
嬉しい気分のまま木の枝を両手に持ち、家を建てようとして、ふと我に返った。危ない!いま、すんごい立派な家を建てるところだったよ!
大き過ぎる家は管理も大変だし、リーナ達を困らせちゃうかもしれない。たぶん、いまと同じくらいか、少し大きいくらいでいいと思う。
えーと。居間と台所は必要でしょ?それに寝室は………2つ?3つ?作って、トイレはいるとして、お風呂はいるのかな?公衆浴場を作れば、各家にはお風呂はいらないかも。それから、わたしは平屋もいいと思うけど、物や人が増えた時のことを考えると、やっぱり2階はあったほうがいいよね。ついでに、物置も作って、と………よし!全体のイメージができた!
「家よ育って!」
地面に少し離して木の枝を2本差し、魔力を流した。木の枝がグングン成長し、左右対称の2階建ての家が2軒現れた。
ふふふ。イメージ通り。可愛い家が出来た。
「………まぁ、いいだろう」
何がいいのかわからないけれど、クロムが納得したように頷いて、わたしをそっと抱き上げてくれた。