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はっ。もしかして、現在進行形で薬が必要な誰かがいるとか?
「良かったなリーナ!カイトが助かるかもしれないぞ!」
ホーンラビットを解体していたおじいさんが、憔悴した様子の女性の肩を叩いた。
「カイトが………助かるの?」
リーナと呼ばれた女性は、20代後半に見える。ガリガリに痩せていて、倒れてしまわないか心配になるほど。
「お願いしますエル様!何でもしますから、どうか、薬を!………薬をお願いします!もうあの子には時間がないんです!」
そう叫んだところで、リーナはふらりと倒れてしまった。その細い身体を、周囲の人間が慌てて受け止めた。
「可哀想に。カイトもだが、リーナも無理をしているからな」
そのまま、リーナは解体小屋から運び出されていった。
そしてルククから改めて話を聞いたところ、リーナのひとり息子のカイトは生まれつき身体が弱く、7歳になってもベッドから離れられないそうだ。リーナ自身は産後の肥立ちが悪く、常に体調がすぐれない。それでリーナの夫ダグはアルトーの街へ出稼ぎに行っているけれど、ダグの稼ぎでは薬を買えないそうだ。
薬が買えないって、ダグの稼ぎはそんなに低いの?それとも、薬はとんでもなく高価なの?
とにかく、他の村人のお世話になりながら、リーナ達家族はなんとかやっていた。でも、ここ数日カイトの具合が悪化していて、リーナは気が休まらない。気分転換にでもなればと村人がリーナを解体小屋へ連れてきたけれど、さっきのように興奮して倒れてしまったというわけだ。
解体小屋の中は、まるでお通夜のように暗く沈んでいた。
「………はぁ。そもそも、いかな医者や薬師とて、診察もせずに薬を処方することはせぬだろう」
クロムの言葉に、村人はさらに暗くなる。
おそらく、カイトはアルトーの街まで行ける状態にないのだと思う。そして、アルトーの街から来てくれる奇特な医者や薬師も見つからなかったんだと思う。
「だが、まだ死んだわけではあるまい。どれ、俺が診てやる」
「え?」
「誰でもいい。さっきの女の家へ案内しろ」
「はい!あたしがご案内します。皆は続きをやっていてくれ」
ルククはそう言うと、血のついたエプロンを外して椅子に置き、先に立って歩き出した。
ルククが案内してくれたのは、隣の家に寄りかかるのうにしてなんとか建っている一軒のボロ家だった。
う〜ん。これはよくないなぁ。家がこんな状態じゃ、安心して休めないよね。新しく建ててあげようかな?あ、でも、そうすると、他の村人にも家を建ててあげないといけない。そうしないと、不公平になるからね。
「カイト、お邪魔するよ」
ルククが家の中に声をかけて入ると、わたしを抱いたままクロムも後へと続いた。粗末な木のベッドがひとつ居間の隅に置かれていて、そのベッドには少年と、先ほどのリーナと呼ばれた女性が寝かされていた。
リーナを運んできた村人は、わたし達と入れ替わりに外へ出ている。家の中は、それほど広くないからね。
カイトと呼ばれた少年は、ベッドに横たわったまま顔だけこちらへ向けて、不思議そうな顔をして固まった。
「誰………?」
「カイト、こちらはあー………クロム様と娘のエル様だ。おまえを診てくれる」
ん??アムナートって言おうとしたのかな?
「え、お医者様なの?」
カイトの声は小さくて、耳を澄ましていないと聞き逃してしまいそうだ。
クロムはベッドへ近寄ると、まず気を失っているリーナを診た。
「………」
「………」
「………はぁ」
「あの………?」
「明らかに栄養が足りない。内蔵が弱っている。疲労も溜まっている。だが、それだけだ。大きな問題はない。栄養のある物を食べさせて、ゆっくり休ませれば回復するだろう」
「そっか。じゃあ、大丈夫だね」
わたしがにっこり笑うと、ルククが何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。なんだろう?
「次におまえだが、おまえは全身が弱すぎる。まともに陽の光も浴びていないだろう」
「え?陽の光?」
カイトが何のことかわからないと言いたげに首を傾けた。
「アリア、こちらへ来い」
「は〜い」
呼ばれて、戸口にいたアリアがやって来た。
「この小僧を畑に埋めてこい。それで、少しは動けるようになる」
「わかったわ」
アリアはカイトの上掛けを剥ぐと、軽々と横抱きにした。
カイトは服の上からでもガリガリに痩せているのがわかる。パジャマから出た手足なんて、生きているのが不思議なくらいに細い。それに小さくて、4歳と言われても信じてしまいそうなほどだ。
そんなカイトを抱いたまま、アリアはさっさと家を出て畑に向かって歩いて行った。
「………はっ!クロム様、どういうことですか。どうしてカイトを畑に埋めるんですか!」
アリアの後ろ姿を見送って、不意に我に返ったルククがクロムに食ってかかった。
「あいつは魔素欠乏症だ。魔素の濃い黒の森にいるからこそ今まで生きながらえたが、あのままでは間もなく死ぬだろう」
「そんな!」
ルククは愕然として、膝から崩れ落ちた。




