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そういえば、さっき燻製もするって言っていたよね。燻製は肉を燻すから、木よりもレンガで小屋を作ったほうがいいかも。
でも、燻製小屋なんて作ったことがないから、イメージが沸かない。イメージできないものは作れない。困った。
誰か、燻製小屋の作り方を知っている人はいないかな?
振り返って辺りを見回すと、解体小屋から出てきた長と目があった。クロムと、オイクスも一緒だ。
いつの間にかギベルシェン達はいなくなっていた。たぶん、ガンフィの追手がいないか森の探索に行ったんだと思う。
サムサとアリアだけが残っていて、「森の探索にエグファンカ達を向かわせたよ。僕達は、エル様達の手伝いをするね」と言ってくれた。
「ほう。これはまた、立派な加工小屋を建てていただきありがとうございます」
長が加工小屋を見て、わたしに声をかけてきた。
「どういたしまして。ねえ長、燻製小屋ってどんな造りなのかな?イメージできなくて作れないの」
「ふむ。それなら、猟師のルククに聞くといいでしょう。いまは解体小屋におります」
「わかった」
解体小屋へ向かうと、クロムに当然のような顔をして腕に抱えられた。
そのまま解体小屋の中に入ると、濃厚な血の匂いがした。見ると、大きな作業テーブルの上にオークが1体乗っていて、ひとりの女性の指示で5人がかりで解体を進めているところだった。さらにテーブルの周りには10人ほどがいて、真剣な表情で作業を見守っている。
他の作業テーブルでは、ホーンラビットが乗っていた。それをおじいさんの指示の元、今度は10〜13歳くらいの少年、少女が真剣な顔で捌いていた。
他の作業テーブルも、同じような状態だ。目の前のことに真剣で、誰もクロムが小屋に入ってきたことに注意を向けない。
「あの、作業中にごめんなさい。猟師のルククという人はどこにいるの?」
「あたしがルククです!あ、クロム様、エル様。何の用ですか?」
わたしが声をかけると、オークの解体を指揮していた女性が手を上げた。
「うん。燻製小屋を作りたいんだけど、わたしは造りがわからないの。教えてくれる?」
「燻製小屋?なんです、それは?」
ルククはきょとんとした顔で、首をこてんと傾けた。
「………え?」
「燻製小屋なんて、初めて聞きましたよ。それは、何をする物なんですか?」
「えっと………香りの良い木を細かくしてチップという状態にして、火をつけて煙を出すの。その煙から出る熱と煙で肉を燻して火を通すんだよ」
「それは、何と言うか………煙臭くなりませんか?」
「大丈夫。木の香りが移って美味しくなるし、余計な脂が落ちるから保存も効くんだよ。この村は森の中だから木は豊富にあるし、美味しいお肉ができたら村の特産にもなるかもしれないよ」
「う〜ん。その手間をかけて、美味しくなかったらどうするんですか?」
「失敗してもいいよ。とにかくやりたいの」
「はぁ〜。やるのはいいですけどね、燻製小屋の造り方はあたしにはわかりませんよ。それはどうするんですか?」
「そうだね。誰か、知ってる人はいないかな?」
解体の手を止めて、わたし達の話を聞いていた解体小屋の人達に向けて声をかけると、皆無言で首を横に振った。
「そっかぁ………」
「ところでエル様」
「なに?」
「塩漬けや干し肉を作るのに、塩が足りないんです。分けてもらえますか?」
「ごめんなさい。わたしも、そんなに大量の塩はないの。すぐ注文するね」
「は?行商人もいないのに、どこに、どうやって注文するって言うんですか?」
「あれ、知らない?村の洞窟と、アルトーの街のリングス商会が魔法陣で繋がってるの。手紙を出せばすぐに届くよ。夕方にはいくらか塩を届けてくれると思うよ」
わたしは言いながら、木札に保存食を作るための塩を送ってくれるよう書いた。
木札はすっと現れたサムサが受け取って、サムサは解体小屋を出ていった。
「エル様、その魔法陣とやらの話をもう少し聞かせてもらえますか?」
妙な気迫を纏って、ルククが聞いてきた。なので、村の洞窟とリングス商会を繋ぐ魔法陣について説明した。いつの間にか、解体小屋にいた村人全員が黙って話を聞いていた。
「………つまり、行商人を通さなくても、アルトーの街の物が手に入るし、こっちの物を一瞬で向こうに送ることもできるってことですか?」
「そう。もちろん、魔法陣を動かすには魔力が必要だし、物のやりとりにはお金が必要だよ」
「それはわかります」
ルククは真剣な顔で頷いた。
「でも、誰かが病気になっても、今までみたいに諦めなくていいってことですよね?お金さえあれば、薬を手に入れられるってことですよね?」
そうか。この村には医者はいない。アルトーの街から片道30日も離れていて、病気になってしまえば森で薬草を手に入れて自分達で薬にするしかない。医者や薬師が作った薬を手に入れるのは、ほぼ不可能だ。これまで、諦めてきた命が少なからずあったんだと思う。それりゃあ、真剣になるよね。