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それから、わたし達は村の中の解体小屋までやって来た。
解体小屋には、動ける村人がほとんど集まっていた。村人総出と言ってもおかしくない。足の早いギベルシェンが先に村に戻って、解体の準備をするように伝えてくれたおかげだね。
小さい子供までいるのは、解体を教えるためかな?リーラや、他の子供達もいる。
わたしが彼らを観察しているのと同じように、村人もわたしを見つめている。そしてわたしの隣に寄り添うランベルを見て目を丸くしている。
「あれは見たら死を覚悟しろと言われているフォレストキャットだろう?」
「森の死神、フォレストキャットだわ」
「お母さん、でも、あの猫とってもきれいだよ」
「確かにきれいだけど、とっても狂暴なのよ。見てご覧、あの牙と爪を。あんなので襲われたら、簡単に殺されてしまうわ」
「お母さん、怖いよ〜!」
と怯える村人を横目に、ランベルは退屈そうに大欠伸をした。
「くあぁ〜〜〜」
「ひっ」
そのとき、オイクスを伴った長が進み出て来た。
「クロム様、エル様、ギベルシェンの皆様、森の中に大量の魔物が出たと聞きました。倒していただき、ありがとうございます」
「あれは、礼を言われるようなことではない」
そうだね。人間に操られていた魔物を倒したことは、あの遺跡を調査して利用するためには必要なことだったと思う。でも、他の方法があったんじゃないかとも思うの。殺す以外に、人間がかけた呪いを解く方法はなかったのかな。
「そうですか………それで、そちらのフォレストキャットはどうされたのですか?」
「村に脅威を持ち込むとは、いくらクロム様でも認められません!」
話に割り込んだ孫のオイクスを、長はキッと睨みつけた。
「こらっ、オイクス。おまえは黙っておれ」
長に言われて、オイクスは明らかに不満顔ながら黙り込んだ。
「あのね、オイクス。ランベルは恐くないよ?」
わたしは、クロムの腕に抱かれたままオイクスに話しかけた。
「ランベル?」
「にゃ〜のことにゃ」
ランベルがぬっと顔をオイクスに近づけると、オイクスはビクッと身体を震わせて長を庇うように身構えた。
「にゃははっ。いい目だにゃ。でも、にゃ〜はおまえと戦う気はないんだにゃ。………ただし、エルを傷つけるなら相手になるにゃん」
「「「「!!」」」」
ランベルが見せつけるように右手の爪を出し、それを見た村人全体がざわりとした。
長は片手でオイクスを後ろへ押しやり、自分が一歩前へ出た。目の前にはランベルの湿った鼻がある。長は、ランベルが恐くないのかな?同じネコ科だから、平気なのかな?
「はじめまして。わしはこの村の長でオラクルと申します。あなた様はフォレストキャットとお見受けします。お声を聞けるとは思ってもおりませんでした。素晴らしく威厳の籠もったお声をお持ちですな」
「にゃははっ。おだてても、何も出ないにゃ」
ランベルは褒められて嬉しかったのか、爪を引っ込めた。
「おまえ、度胸があるにゃん。にゃ〜が怖くないのかにゃ?」
「度胸があるなど、とんでもない。クロム様にお仕えする身としては、少々、威圧に慣れているだけでございます」
そういえば、長はクロムにも平然と接しているもんね。そっか。慣れているのか。
「クロム様に比べたら、にゃ〜は小物にゃ。すぐ慣れるにゃ。そうにゃ、エル」
「なあに?」
「にゃ〜は見回りに行ってくるにゃん。さっきの騒ぎで森が騒がしいからにゃ、この村の近くにも魔物が寄ってくるかもしれないにゃん」
そっか。そうだよね。オークの魔石に仕込まれた呪いのせいで、ずいぶん魔物が引き寄せられていた。寄って来た魔物は倒したけど、まだ呪いの影響を受けた魔物はいるかもしれないよね。
「うん。ありがとう、ランベル。気をつけてね」
身を乗り出してランベルのフカフカの首に抱きつくと、ランベルは耳をピコピコと動かした。
わたしがランベルから離れると、彼はしっぽをゆらりゆらりと揺らしながら森へ入って行った。可愛いなぁ。
って、まったりしている場合じゃなかった。早く解体作業を始めないと、陽が暮れちゃうよ。
「長、ここに集まった皆で解体作業をしてくれるの?」
「いいえ。解体を行う者と、肉を加工する者にわかれて作業いたします」
「加工って、塩漬けとか、燻製とか、干し肉とか?」
「そうです。ですから、エル様には加工小屋を作っていただきたいのですが、お願いできますかな?」
「いいよ。解体小屋の隣でいい?」
「はい。よろしくお願いいたします」
そういうわけで、クロムに地面に降ろしてもらい、新しい小屋を建てるために解体小屋に近づいた。解体小屋の隣には木が生えていたから、そのまま生えていた木を使って小屋を建てることにした。
肉の加工のことはよくわからないけれど、保存しておくためには広い地下室があったほうがいいよね。それから、1階は数人で作業できるように広いテーブルのある作業スペースを複数用意した。2階は窓を多くとって、風通しを良くしておく。足りない物があっても、あとから用意したり、直したりすればいいから、加工小屋はとりあえずこんな感じでいいかな。