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「エル様、私がやるよ。スプーンを貸して?」
アリカに可愛く言われて、給仕を交代することになった。ちぇっ。わたしが持ってきたスープなのに。
ガンフィはスープを半分ほど飲んで、「もういい」と言った。
「いや、腹は空いてるんだが、身体が弱ってる時にがっつくのは良くないからな。あとでもらうよ」
さっきまでのしゃべり方と比べると、ずいぶん流暢にしゃべれるようになっている。回復している証拠かな。
ガンフィの言葉を聞いて、アリカはベッド横のサイドテーブルにお皿を置いた。
わたしはお皿をもう一度スープで満たしてから、寸胴をマジックバッグにしまった。置きっぱなしはよくないからね。
さてと。次は何をしようかな?森で何をしていたか聞くべき?トリー達のような商人には見えないし、旅人がこんな森の奥まで来る用事がないよね。となると、冒険者が思い浮かぶけど、この人が着ているのはヒラヒラしてて、自分で動く必要のない人間が着る服だ。
身体だけ見れば冒険者か戦士なのに、服が貴族っぽいんだよね。
万が一、彼の正体が貴族なら、お付の者がいないのはおかしい。貴族には、身の回りの世話をする従者や護衛が必要でしょ?
うう〜〜っ。ひとりで考えても答えは出ない。ここは、直接聞くべきだよね。
「ガンフィはどうして森にいたの?」
「話したいのはやまやまなんだが、少し長くなるんで後でいいかい?」
「うん。いいよ。急いでないから」
「助かる。ところで、さっきから気になってたんだが、あいつらは何だ?魔物か?」
「あいつら?サムソとアリカのこと?ギベルシェンだよ。クロムは魔物より妖精に近いって言ってたよ」
「はっ!?ここはギベルシェンの村なのか?………いてぇ」
ガンフィかわ起き上がろうとして呻いた。
「違うよ。ここは獣人の村で、ギベルシェンは畑に住んでいるの」
「言ってる意味がわからねぇ………」
「ギベルシェンは家に住むより、畑に埋まってるほうが好きなんだって」
「いや、俺が知りたいのはそこじゃなくて………」
そこじゃない?ギベルシェンの事が知りたいんじゃないの?
「あ、もしかしてエグファンカ達のこと?びっくりだよね。花の蜜を集めるように頼んでいたけど、まさか人助けをするなんて思わなかったよ。エグファンカ達に見つけてもらえて良かったね」
「いや、あれはエグファンカじゃなかったぞ。アーヴァグレタが俺の右足を持ち上げて………」
「そういえば、3体で運んだって言ってたかな?どうだったかな?」
「3体?」
「うん。エグファンカとアーヴァメントとアーヴァグレタを飼ってるの」
「は?………はあ!?」
「うん。驚くのもわかるよ。サムサとアリアがね、ひょいっと捕まえてきたの。弱ってたのを癒してあげたら居着いてくれたんだよ」
「ちょっと待ってくれ。情報量が多すぎる。整理させてくれ」
ガンフィは深呼吸した。そうだね。深呼吸は大事。
「まず、俺を発見してこの村まで運んでくれたのは3体の魔物なんだな?で、その3体、エグファンカとアーヴァメントとアーヴァグレタはあんたが飼っていて、この村は獣人の村だが、ギベルシェンがいると。まさかと思うが、ギベルシェンも飼っているんじゃないだろうな?」
「飼っているというか………仕えてくれているよ。畑仕事とか、洞窟の見張りとか、身の回りのお世話をしてくれてるの。ガンフィの世話は、サムソとアリカがしてくれるよ」
そう言ったところで、ガンフィは頭を抱えた。
「エル様、ガンフィは少し休ませた方がいいよ。ずいぶん血を流したからね」
サムソに言われてハッとした。
そうだった。ガンフィを休ませてあげないと!
「ごめんなさい。ゆっくり休んで、ガンフィ」
「えっ。ちょっと待って………」
「また来るね!」
わたしは後ろ髪を引かれる思いがしたけれど、それを振り切り家を出た。
すぐ隣にあるわたし達の家に入ろうとして、遠巻きにこちらを眺めている村人が目についた。畑仕事をするふりをして、わたしの様子を見ている。手を振ると、一斉に目を逸らしてしまった。なぜ。
クロムが待っている家に帰ると、リビングのテーブルでクロムとロコル=カッツェが話していた。
つまらなそうな顔をしていたクロムが、わたしを見てふっと笑った。
「あぁ、帰って来たか。早かったな」
「ガンフィを休ませてあげなきゃいけないからね」
「ガンフィ?」
「クロムが助けてくれた男の人だよ。どうかした?」
「うむ。響きがガノンドロフに似ていないか?」
「どうかな。わたしにはわからないよ。ガノンドロフがガンフィと何の関係があるの?」
「いや、大したことはない。10年ほど前、果敢にも俺の寝床へと踏み込んで来た一団に、そんな名前の男がいたのだ」
「ほお。それは命知らずな男ですな。慈悲深いクロム様のことですから、ひと思いに屠ってやったのでしょう?」
それ、全然、慈悲深くないから!
「いや、ガノンドロフだけが俺の初撃を凌いだ。だが、あちこち骨折して無惨な姿だったぞ」
「ほうほう。それで?骨も残さず焼き尽くしてやったので?」
「………おまえが何を期待しているのが知らんが、俺は、そんな姿になっても仲間の前に立ち続け、戦意を失わない奴に興味を持った」
「そんなことで助けることにしたのですか?さすが慈悲深いですね」
「慈悲ではない。現に、奴が逃げ出さぬよう、仲間の命をギリギリのところで持たせてやった。仲間が生きていれば、奴はそれを見捨てて逃げ出すことはできぬだろう」
「そんなことをして、クロムは何がしたかったの?」
「俺は、ガノンドロフと話がしたかったのだ」