40 髪を結んであげる 4日目
「お風呂は明日入るからいいよ。今日はクロムだけ入って。ね?」
「エルが入りたがっていたではないか。なに、エルは服を着たまま入ればよい。それなら恥ずかしくないだろう」
「確かにそうだけど、お風呂は服を脱いで入るもので………って、なんで脱いでるの!?」
「ん?いまエルが言っただろう。風呂は服を脱いで入るものだと」
クロムはいつもはしっかり着込んでいる上半身が剥き出しになっていて、服の上からではわからなかった筋肉が見えている。腹筋は6つに割れていた。
クロムはわたしをひょいと抱き上げると、浴室に向かい、浴槽にジャボンとズボンを履いたまま浸かった。靴はなくなっている。
私も慌てて靴を消した。
「少しぬるいな」
わたしにはちょうどいいけれど、クロムにはぬるかったみたい。
クロムが自分でお湯の温度を上げると、わたしには少し熱かった。
「エル、少し顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「わたしは少し、のぼせやすいの。だからもう出るね」
「??………そうか、俺が湯の温度を上げたからか。悪かったな」
「ううん、大丈夫」
わたしはクロムに浴槽から出してもらった。
お湯に浸かるのは気持ちよかったけれど、やっぱりクロムとは別々に入らないとすぐのぼせちゃうね。
わたしは床から小さな踏み台を作り出し、タオルを持ってクロムの背中を流すことにした。初めてお風呂に入るクロムに楽しんでもらいたいからね。
小さな手でせっせとクロムの背中や腕を洗い、長い髪を丁寧に洗う。黒い艷やかな髪は、濡れていてもしなやかだ。いつもは背中に垂らしているけれど、結ばないのかな?
「ふう。世話をしてもらうのは気持ちのいいものだな」
クロムは浴槽にゆったりと身体を沈め、満足そうなため息をついた。クロムが喜んでくれて嬉しい。だから、ほんの少しだけ身体強化の魔法を使って手の力を強くして、クロムの頭皮マッサージをしてあげることにした。
クロムの様子を見ながらマッサージしていると、クロムがふいに紅潮した顔で振り返った。
「エル、ありがとう。気持ちよかった」
「どっ………どういたしまして」
なんだろう。当たり前のことを言われただけなのに、なんだかとっても恥ずかしい。きっと、クロムが色っぽいからだ。
「わたしはもう行くね」
「待て。濡れたままでは風邪をひくぞ」
クロムが温かい風を出してくれて、わたしは髪と身体を乾かした。服は魔力で作っているからか、濡れていない。靴は浴槽に入る時に消していたから、今は裸足だ。
わたしは浴室を出る時に靴を履いて、寝室へ向かった。
火照った身体のせいで睡魔が来なくて、ベッドの上で横になっているうちにクロムがやってきた。
「………まだ起きていたのか」
「うん。なんだか眠れなくて」
わたしが横になったまま手を伸ばすと、クロムがするりと隣にやって来て、わたしを自分の胸に抱き寄せた。クロムの心臓の音が心地良い。顔を擦り寄せると、クロムが上半身の服を消したのでビクリとなった。驚きすぎて自分の心臓の音がうるさい。でも、さっき思ったけど、素肌に触るのって気持ちいい。
「………エルスヴァーン」
「なに?」
「いつになったら成長するのだ?」
そんなこと聞かれても、クロムにわからない事はわたしにだってわからない。
魔素溜まりから生まれてからいままで、わたしの姿は変わっていない。時と共に成長するかもしれないし、強くなれば成長するかもしれない。もしかしたら、ずっとこのままという可能性もある。
普通の魔物はどんな風に成長するんだろう?
「わたしにはわからないよ。クロムにはわかるの?」
「そうだな。俺にもわからん」
「じゃあ、なんでわたしに聞いたの」
「………俺にもよくわからん」
そこで会話は途切れ、わたしは眠りに落ちていった。
翌朝、目覚めると、今度はクロムが先に起きていた。クロムの腕に抱かれて、背中を撫でられていた。
………なんだか、また寝てしまいそう。
「エル、また寝るのか?」
顔を上げると、気だるげな表情のクロムが視界に入った。うわぁ。世の女性がこれを見たら、クロムに惚れちゃうよ!色気がすごい!
「起きるよ!というか、もう寝られない!」
「なぜだ??」
本気でわからないという顔をしているクロムから離れ、髪を手櫛で整えた。わたしの髪はクロムと違って肩までだから、手櫛で十分。
と思っていたら、クロムがアイテムボックスからブラシを出してわたしの髪を梳かしてくれた。髪を梳かしてもらうのって、なんて気持ちいいんだろう。
お返しにクロムの髪にもブラシをかけ、ついでに髪を結んであげることにした。
「どうしたいか希望はある?」
「いや、特にない。エルの好きなようにしていいぞ」
そう言われたので、左右の髪を編み込んでハーフアップにした。左右の髪がなくなると顔がよく見える。う〜ん。かっこいいなあ。クロムの髪は綺麗な夜の色で、しっとり艷やかだから、色んな髪型が似合うと思う。自分に技術がないのが悔しい。
「さて。そろそろ行くか」
クロムはベッドから降りると、わたしをひょいと抱き上げて歩き出した。こんなふうに甘やかさなくても、もう自分で歩けるのに。