4 植物魔法
立ち止まることなく歩いていくクロムのあとを、見張りの男がついてくる。獣人の男で、頭の上にある耳が垂れていて、尻尾も元気がない。クロムを相手に緊張しているのかな?
「長に伝えろ。今日からこの村に泊まるとな」
「ええ!?わ、わかりました。すぐに伝えます!」
そう言って、男は村の奥へ駆けて行った。さすが獣人というべきかな、すばらしいスピードだった。広場を駆け抜け、他と比べるといくぶん造りがマシな家へ駆け込んだ。
男が駆け込んですぐに、中から3人の男が出てきた。ひとりは、さっきの見張りの男。次は背の曲がったトラ柄の老人、そして大柄で黒い獣人の男だ。
いまにも黒い獣人が駆け出そうとするのを、老人が抑えているようだ。
わたし達が家の前に着くと、老人が前に進み出て、深く深くお辞儀した。腰が折れてしまわないか心配になる。
「アムナート様………いえ、クロム様でしたか。本日からこの村にお泊りになると聞きましたが、真でしょうか?」
「そうだ。寝床は奥の洞窟を使う。なにか問題か?」
「それは………」
「恐れながら申し上げます!」
老人の言葉を遮って、黒い獣人が声を上げた。
クロムがそちらを見ると、黒い獣人はビクッと大きな体を震わせた。
「………なんだ。言ってみろ」
「これまで、クロム様が村にお泊りになられたことはありませんでした」
「そうだな。だからなんだ」
「ですから、この村にはクロム様をおもてなしする準備がありません。どうか、クロム様の洞窟へお戻りください」
なるほど。急に来られても迷惑だよね。泊まる場所とか、食事の用意もあるし、気も使うし。一言で言えば、迷惑だよね。
「言いたいことはわかった。だが、この村に泊まる」
クロムに譲る気はないようだ。
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
老人がやや頭を上げて聞いてきた。
「俺の寝床が地底湖になってしまったのだ。寝たくとも寝られん」
「なんと、そんなことが!?………いえ、クロム様のお言葉を疑っているわけではございません。それては致し方ありません。精一杯、尽くさせていただきたく思います」
「じいちゃん!?」
黒い獣人が抗議しようと口を開いた。
「黙れ、オイクス。これは長としての決定じゃ」
老人の声は静かだったけれど、有無を言わせぬものがあった。
オイクスと呼ばれた黒い獣人が、悔しそうな顔をして一歩下がった。
「それでだ。長よ、次に商隊が来るのはいつだ?」
「明日にございます」
「では、商隊が来たら俺を呼べ。必要な物がある」
「承知しました」
「では、行く。案内は不要だ」
クロムは、誰もついて来るなという意味でそう言い捨てて、その場をあとにした。
長の家から奥に家はない。人気のない畑を通り過ぎ、せり立った崖までやって来た。その崖にぽっかりと入口が開いていて、洞窟になっていた。洞窟に入ってすぐ、祭壇のような物が目に入った。それを通り過ぎ、さらに奥に進む。広間のようになっている場所までやって来て、クロムはようやく足を止めた。
壁にはヒカリゴケが張り付いていた。ほんのりした明かりを提供してくれている。おかけで、この広間にはなにもないことが見て取れた。
「ここはなに?」
「村の食料庫だ。洞窟内は涼しく、湿度も一定だからな」
でも、いまはなにもない。保管するほど食料がないということなのか。
「ここで寝るの?」
「そうだ。嫌か?」
言われて、わたしは自分の体を見た。着ているのは、薄いワンピース1枚だけ。
前にクロムに教えてもらったのだけど。人化の術を行使した魔物にとって、衣服は体の一部なんだって。魔力からできているから、本人の意志でいくらでも形を変えられるそうだよ。
それで、それまで裸だったわたしは、試行錯誤の末、このワンピースを作り出すことに成功したの。色は白。裾にツタ植物の刺繍が入っている。半袖で、丈はひざ丈。形はシンプル。
この格好で洞窟のゴツゴツした床に寝れば、体が痛くなる気がする。
わたしはクロムを見上げ、こくんと頷いた。
「だが、他に寝床はないぞ」
それもそうだ。この村に、空き家なんてないだろう。あっても、管理もされずボロボロの状態に違いない。困った。
その時、ヒカリゴケが目に入った。突然、わたしにはヒカリゴケを操れるという気がしてきた。
「………成長して」
「!!」
わたしの言葉に反応するように、ヒカリゴケが一気に広間の壁を覆い尽くした。急に広間内が明るくなった。
「これは、植物魔法か。エルは珍しい魔法が使えるんだな」
これなら、家を作れるかもしれない。わたしはワクワクした。
クロムに頼んで外に連れ出してもらった。まだ、ひとりでは歩かせてくれないの。
洞窟から出ると、畑が広がっている。色々な野菜が植えられているけれど、どれも弱々しい。栄養が足りないのかもしれない。この村に住むなら、あれもなんとかしたほうがいいね。
それより、いまは家を作るのが先だ。
畑の端、森との境に連れて来てもらった。近くの木は切り倒されていたから、薪にでもされたんだと思う。