39 お風呂に入ろう
今度はフライパンを2つ使って、ステーキを2枚同時に焼いていく。ジュウジュウと肉が焼ける音と匂いがして、お腹が空いてくる気がする。うん。気のせいなんだけどね。だって、わたしの身体は食べなくても生きていけるんだから。空腹なんて感じるはずがない。
ステーキを焼き終わって、それぞれカットしてからテーブルに向かった。
テーブルではクロムが行儀よくわたしのことを待っていて、まだ料理に手を付けていなかった。あ、わたしが待っていてね、って言ったからかな。先に食べてくれて良かったのに。でも、クロムのこういうところ好き。
サムサとアリアが最後のステーキを運んでくれて、全員が席についた。
「では、食べるぞ」
「うん!」
クロムに返事して、まず最初にステーキを食べることにした。縦に切り分けてあるけれど、それをナイフとフォークで一口サイズに切り分けていく。そしてパクリと一口食べた。うん。美味しい。
「ほお。これはスパイスが効いているのか、肉が美味いな」
「中が赤いから生かと思いましたが、そうでもないのですね。口の中に肉汁が溢れてくるのが素晴らしい」
「ほーんと美味しい!前に食べたのなんか、ゴミだよゴミ!」
「うふふっ。いくらでも食べられるわ」
どうやら、皆にも好評らしい。
サラダはシンプルな味付けにしたけれど(それが簡単だったから)酸味と甘味がちょうどいい味で、野菜も美味しくてパクパク食べられた。
「見た目は草だが、これは食べられるな」
「僕の知っている野菜と違う。でも旨味が感じられて、これはいいね」
「僕はこれは苦手だな。アリアにあげるよ」
「いいわよ。その代わり、残りのステーキちょうだいね」
「え!?」
最後はスープだけど、野菜がクタクタ過ぎて、野菜はあまり美味しくない。肉はまあまあ。スープ自体の味がいいだけに、残念な気持ちになった。
「野菜がずいぶん柔らかいな。これは………」
「スープそのものは、とても美味しいですよ。身体が温まりますね」
「このスープを煮込んだのアリアでしょ?スープをだめにしたのはアリアなんじゃあ………」
「何よ!具を残してスープだけ飲めばいいでしょ!」
「えー、それはちょっと………」
なぜかわたしと同じ順番で食事を進める皆の感想を聞いていると、味覚はと同じなんだと感じてホッとした。あのクタクタスープを美味しいと言われたら、その味覚を心配しなきゃいけないところだったよ。
「そう言えば、ロコル=カッツェ。さっき畑に行ったときに皆に名前をつけて来たから、もう呼び出す必要はないからね」
「承知しました。本日は、他にご用事はありますか?」
「今日はもうないよ。あとは食器に片付けくらいかな。お風呂の支度は自分でできるから大丈夫だよ」
「エル、風呂と言うのは何だ?」
「え?ええと、熱いお湯に浸かって身体の汚れと疲れを落とすの」
「エルは疲れたのか?」
「疲れてないけど、お風呂は気持ちいいからいいの」
「そうか。では、一緒に入るか」
「ええ!?お風呂は男女別々に入るものなの!クロムは男でしょ?だめだよ!」
………何を言い出すのか。汗が吹き出すところだったよ。
「エルの裸など見慣れている。今さらではないか?」
「そういう問題じゃないでしょ!たとえ見慣れてても、お風呂に一緒に入ったらだめなの!」
水晶の卵の中にいた時、服が作れるようになるまでわたしは裸で過ごしていた。記憶にある限り、裸で過ごしていた時間が圧倒的に長い。だから、クロムがわたしの裸を覚えていても何もおかしくない。だけど!いくら幼くてもわたしは女なんだよ〜。裸を晒すのは恥ずかしい。
ううっ。無理だよぉ。
「それほど拒否されると、なんだか寂しいな」
「あ、そうだ。一緒に入るのは無理だけど、クロムの背中を流してあげるのはいいよ」
「よくわからんが、それで頼む」
というわけで、お風呂の用意をすることになった。浴室に行き、浴槽に水を溜める。溜めた水に手を入れて、お湯になるように念じた。すると次第に温かくなっていき、ちょうどいい温度になった。わたしは、少しぬるめが好みなの。だってあんまり熱いとのぼせるでしょ?
そう言えば。お風呂用の石鹸であったかな?なくても、清浄魔法があるからいいんだけど。
石鹸がなくても、お風呂に入れるだけで嬉しいよ。
クロムにタオルを出してもらい、準備が整ったところで全員を浴室から追い出した。なぜか、お風呂の準備をここにいる全員が興味津々で眺めていたの。
ところが、ひとりになって気がついた。浴槽が大き過ぎる!入るのも出るのも無理な気がする。幼女の身体をなめてたよ。むぅ。
仕方ない。ここは同性のアリアに助けを求め………あれ?
トボトボとリビングに行くと、そこにはクロムしかいなかった。ロコル=カッツェ達はどこへ行ったんだろう?
「どうしたエル。風呂はもう終わったのか?」
「ううん。まだ」
「それならどうした」
「身体が小さくて、浴槽に入れなかったの。アリアはどこに行ったの?」
「アリアなら畑へ帰ったぞ。どれ、俺が風呂へ入るのを手伝ってやろう」
クロムが椅子から立ち上がり、長い脚でスタスタと歩いてこちらへ向かってくる。
わたしは現実に向き合うのに時間がかかって、逃げ出す前にクロムに捕まってしまった。