36 ヒョイッと
「ティルリか、いいね。どっちになっても大丈夫そうだよ」
ロコルナ=ティルリはご機嫌でふふんと笑った。
「ん?どういう意味?」
「僕ね、まだ性別が決まってないの。これから先、どっちの性別になっても使える名前で嬉しいよ」
性別が決まってない?これから性別が決まるってどういうこと?ロコルナ=ティルリは、両方の性別を持っているってことかな。不思議だね。
それから他のギベルシェンに名前をつけて回った。全員、名前を喜んでくれた。
「あー、皆ずるい!私だってエル様から名前をもらいたかった!」
振り向くと、アリイが号泣していた。サムシがその後ろに立ち、木箱を抱えたまま困った顔をしている。
「エル様。良かったら、エル様から名前を授けてくれる?」
「いいよ。アリイ………あなたの名前はアリイだよ」
「うわ〜ん!ありがとう、エル様!」
わんわん泣きながらアリイは次の見張りと交代し、畑に埋まった。
次の見張りはサムスとアリウ。すっと土から出てくると、洞窟へ向かった。
サムシはどうするのかな?と見ていると、木箱の中身を見せてくれた。そこには、不格好な茶色の芋がゴロゴロ入っていた。
「これがグラムス芋だよ、エル様。グラムス芋を植えたら、僕も寝るね〜」
「ありがとう、サムシ。お願いするね」
さてと。次はエグファンカ達の家作りだね。畑から少し離れた場所がいいのかな?家作りをするのに丁度いいのはやっぱり森の中だよね。ふらふらと森の中に入って行こうとすると、ぐいっと肩を掴まれた。
振り返ると、怖い顔のクロムがいた。
「何をしている」
「サムサ達がエグファンカ達を捕まえて来るから、エグファンカ達が住む家を作るの」
「待て。言っている意味がわからん。もう少しわかるように説明しろ」
クロムが怒りの表情を緩めて、困惑した表情で言った。
そんな事言われても………どこから話したらいいかな。
「ええと、わたしがギベルシェン達を個別に呼ぶのが大変だから、全員に名前を付けたの」
「名付けを行っただと?それで、身体は何ともないのか?気分は悪くないか?」
クロムは一気に心配そうな顔になった。わたしの顔や首を、手首を触っていく。何をしているのかわからないけれど、クロムの手のぬくもりが気持ちいい。
「うん、大丈夫。それで、ハチミツが欲しいって言ったら、サムサとアリアがエグファンカとアーヴァメントとアーヴァグレタを捕まえるって飛び出して行って。だから、帰ってきた時のためにエグファンカ達の家を作るところなの」
「………言いたいことはわかった。だが、行動する前に俺に相談しようとは思わなかったのか」
クロムがわたしから手を離し、ため息をついた。
「………ごめんなさい」
クロムの呆れたような、心配したような顔を見て、他に何も言えなくなった。
そうだよね。クロムに聞いてから行動しても遅くなかったよね。なんでわたし、勝手な事しちゃったんだろう。今頃、サムサとアリアが危険な目に合ってるかもしれない。怪我をして動けなくなっていたらどうしよう?わたし、呑気に家を作ってる場合じゃなかったよ!
「クロム、サムサとアリアを助けて!今頃、森の中で倒れて動けなくなってるかもしれないよ!うわ〜ん!」
感情が高ぶって、とめどなく涙が溢れてくる。
「落ち着けエル。ギベルシェンはそう簡単にやられはせん。ロコルナがワイバーンを倒した姿を忘れたか?それに、おまえが名を与えたのだ。これまでより強化されているはずだ。今頃は、のんびり森の探索をしているのではないか?」
「うう〜っ」
「頼むから泣き止め。エルに泣かれると、どうしていいかわからなくなる」
そんな事言われても、次から次へと涙が溢れてきて止まらない。
そんな時、クロムの場違いな明るい声が聞こえた。
「エル、来たぞ!」
「にゃにが?」
泣きすぎて歪む視界の中、クロムに抱き上げられてクロムが指差す方を見ると、何かがこちらへ向かってくるのが見えた。視界がぼんやりしてして、それが何かはわからない。手で目をこすり、涙を拭う。やがて視界が鮮明になり、見えてきたのは一抱えもある虫を抱えたサムサとアリアだった。
「無事だったの!?」
驚きすぎて、涙が止まった。
「あったりまえだよ。虫を捕まえるくらい、簡単、簡単」
サムサは両手に持った虫を見せてくれた。右手に持っているのはアーヴァメントだと思う。首周りに柔らかそうなふわふわのキンイロの毛が生えていて、どことなく可愛らしい。ミツバチに似ている。
左手に持っているのがアーヴァグレタかな。スラリとした体型で、鮮やかな黄色と黒がどことなく危険を報せる色に見える。スズメバチみたい。
アーヴァメントもアーヴァグレタも薄い羽が4枚あり、それが疲れたようにヘタっていた。
「ほら、エル様。これがエグファンカよ。黒くてカッコいいでしょ」
アリアが持ち上げて見せてくれたのは、立派な2本の角を持ち、黒く輝く身体をした虫だった。丸みのあるフォルムに、6本の脚があり、凶悪そうな牙が口から覗いている。カブトムシみたいだ。
「どうやって捕まえたの?」
「探していたら向こうからやって来たの。だからヒョイッとね」
ヒョイッと?
「そうそう。ヒョイッと捕まえて帰ってきたよ。褒めて褒めて」
「あ、うん。すごいね」
具体的なことはまったくわからなかったけど、2名が無事ならいいか。