35 ハチミツが欲しい
「サムサとアリアは、魔物を探しに行ったの。わたしがハチミツを欲しいって言ったら、エグファンカとアーヴァメント、それからアーヴァグレタを捕まえに行ったんだよ。スープ作りを手伝って欲しいからすぐ戻って来ると嬉しいんだけど、どう思う?」
ロコル=カッツェは顔をしかめた。
「どうやら、あの2名は厳しい説教が必要なようですね」
「あ、あの!花の蜜が集められるなら嬉しいから、もし魔物を捕まえてきたらあまり怒らないでほしいの」
「それはできません。そもそも、エグファンカとアーヴァグレタは闘争心が強く、凶暴です。捕まえたところで、エル様に懐くとは限りません」
「そっか。そうだよね。じゃあ、2名が無事に戻って来ればわたしはそれでいいかな」
「………そうですか。ではもしも、2名が獲物を手に戻って来たらどうしますか?」
「どういうこと?」
「エグファンカとアーヴァメント、アーヴァグレタはそれぞれ別の住処が必要になります。一緒にしておくと危険ですからね。エル様に用意ができますか?」
「あ、そっか。そうだよね。家が必要だよね。畑の横に作ればいいかな?」
「は?」
「え、だめだった?森の中が良いの?」
「………そうではなくて。まるで、すぐに家が用意出来るように聞こえるのですが、私の勘違いでしょうか」
「すぐに用意できるよ。わたしは植物魔法が使えるの。この家も、魔力を流したら出来たんだよ。3軒くらいすぐ作れるよ」
「さすがエル様、クロム様のご息女です」
ロコル=カッツェはニコリと笑った。
そう言えば。ロコル=カッツェがここにいるということは、やっぱり魔物の侵入を防ぐ結界はギベルシェンには効果がないってことだよね。それに、魔物と言えば、渡しやクロムだってそう。結界の中に入れるのが不思議。
うう〜ん。実は、魔物避けの結界じゃなくて、他の結界だとしたらどうなんだろう。たとえば………そう、害意ある者を通さないとか?
「………エル様?」
「え?」
どうやらぼんやりしてて、ロコル=カッツェの言葉が聞こえてなかったみたい。手はしっかり動いていて、スープのアクをすくっている。
「ごめん。なに?」
「あのオイクスという男には私がきっちり教育を施しておきましたから、エル様に対する態度も少しはましになると思います。まったく、あの男はエル様の素晴らしさについてまったく理解していなかったようですね」
「そうなんだ。ありがとう」
崩れた言葉で話しかけてくるオイクスのこと、わたしは特に気にしてなかったんだけどね。それに、今言われるまでオイクスのことはすっかり忘れていた。
「オイクスは檻から出してあげたの?」
「はい。いつまでもいられては邪魔ですからね」
「そう言えば。ギベルシェン達やわたしは、どうして村に入れるんだと思う?クロムが結界をいじったのかな?」
「そうですね………村人は魔物避けの結界と思っているようですが、魔物の王であるクロム様に魔物避けの結界を張ることはてきません。村を覆っているのは、害意ある者を退ける結界なのですよ。そうでなければ、クロム様も村に入れなくなってしまうでしょう?」
「そっか。そうだね」
それからしばらく沈黙が続いたけれど、不意にロコル=カッツェが寸胴を覗き込み、匂いを嗅いで首を傾げた。
「これは何ですか?なぜ骨を煮ているのですか?」
「骨には旨味があって、それを煮出しているところなの。ネギと生姜は臭み消しだよ。材料も少ないし作り方は簡単だけど、時間がかかるんだよね」
「そうですか。サムサとアリアのせいでご面倒をおかけして申し訳ありません」
「そうだね。サムサとアリアがいれば、アク取りを任せて他のことができたと思うよ」
パンを作るための酵母を仕込んだり、他のギベルシェン達に名前を付けに行ったりしたいし、サムサ達が獲ってくる予定の魔物の家を作りたいし、夕方には届く予定のグラムス芋を受け取りにも行きたい。やりたいことは色々あるのだ。
「では、2名が戻るまで私がアク取りをやりましょう」
「ありがとう!嬉しいよ。あのね、この白い泡みたいなのをすくい取って、こんなふうに水を張ったボールに入れてほしいの。こっちの透明なのは旨味だから取らないでね」
「承知いたしました。………こうですね?」
わたしの手本通りにアクを取ってみせたロコル=カッツェに安心して、わたしは酵母を仕込むことにした。
りんごをくし切りにして、壺に水と一緒に入れる。蓋をしたら、あとは発酵するのを待つだけ。ふふっ。簡単。
「ロコル=カッツェ、わたし、畑に行ってギベルシェンの皆に名前を付けてくるね」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ロコル=カッツェに見送られて、わたしは畑に向かった。
種まきはすでに終わっていて、作業をすべて終えたギベルシェン達が土に埋まっていた。生首が土に埋まりながら気持ちよさそうに目を閉じている姿は、なかなかシュールだ。
しゃがんで土を触ってみると、ふかふかで温かかった。種の苗床として完璧。
ふと、ロコルナと目があった。
「エル様、何の用〜?」
「あのね、皆に名前を付けに来たの」
「え?名前?いいの?ロコルは何て言ってた?」
「ロコル=カッツェは、名前をつけることに賛成だったよ」
「じゃあ、僕にも名前をちょうだい」
「うん。あなたはロコルナ=ティルリだよ」