33 ギベルシェンに名前をつける
台所に戻ると、もう1名のギベルシェンが洞窟から戻って来ていた。
それにしても………ギベルシェン達個人に名前がないのって不便だ。話しかけたり、指示を出すにしても、ほぼ全員がギベルシェンではややこしい。せめて、クロムとわたしに付いてくれたこの2名だけでも呼び名がほしい。
「エル様、難しい顔をしてどうしたの?悩み事?」
「あなた達を区別するために名前が欲しいの」
そう言うと、彼らはケラケラと笑った。
「エル様は人間みたいな事を言うね。クロム様の娘なんだから、魔力の波動の違いで区別できるでしょう?」
「魔物はそうやって相手を判断するの?」
「そうよ。エル様はやったことないの?」
これまでは、クロムが運んで来る餌の魔物くらいしか魔物を見た事がない。すでに死んでいたし、魔力の波動を感知するなんて事をやろうとは思わなかった。
「目で見て餌かどうか判断していたから、魔力感知はやった事ないよ」
言いながら台所に立ち、料理を始めた。2名のギベルシェンはわたしの邪魔にならないように距離を取りながら、わたしの話し相手になってくれる。
「魔力感知は大事だよ。餌や敵の接近を判断するにも必要だからね〜」
「そっか。そうだね。目で見て初めて相手を確認するより、魔力感知で先に相手を認識できた方がいいよね。でも、呼びかける時には名前があった方が楽だな」
「エル様がつけてくれるねら、名前を名乗ってもいいよ」
「それいいね。僕も、エル様が考えてくれた名前ならいいよ」
「え!わたしが考えるの!?」
「うん。そうだよ?さあ、どんな名前にするか考えて」
ニッコリ微笑まれて、自分の顔が引き攣るのがわかる。
2名くらいなら名前を考えることもできるけれど、きっと2名だけじゃすまないよね。全員分となると、22名分の名前を考えなきゃいけない。どうしよう。とりあえず、短い名前だよね。そうじゃないと、わたしが覚えきれないもの。………そうだ!最後の一文字をアイウエオ順にしよう。そうしよう!
「あなた達の名前は、サムサとアリアはどう?」
2名は名前を聞いた後、揃って首を傾げた。………だめだった?
それから2名はブツブツと名前を復唱すると、お互いの顔を見合わせてニコリとした。
「僕がサムサで………」
「………私がアリアね。うん、いいわ。気に入ったわ」
ほっ。良かった。
わたしが胸をなでおろしていると、玄関扉が開いた。あれ?ノックしないの?
入って来たのは、転移の魔法陣の見張りをしていたギベルシェンだった。手に木札を持っている。料理の手を止めて、彼を見る。
「良い所に来たね!エル様が名前を付けてくれるよ。僕はサムサって言うんだ」
「え?名前?君、サムサになったの?」
ギベルシェンはツカツカとわたしの前にやって来ると、腰を落としてわたしと視線を合わせた。ニコニコと嬉しそうにしている。
「エル様、僕にも名前をちょうだい」
顔が近い!
「えっと、サムシはどう?」
「いいよぉ〜。ふふっ。名前を貰うなんて初めてだよ。ありがとうね〜」
言いながら、サムシはわたしの頭を撫でてくれた。
「で、僕と一緒に見張りしてる娘はなんて言う名前なの?僕が伝えるよ」
「アリイだよ」
「そっか。可愛い名前だね。そうだ。はい、これ、魔法陣に届いたの。じゃあ、僕は洞窟に戻るからね」
サムシは嬉しそうに去って行った。
木札には、今朝送った野菜や果物とワイバーンの買い取り金額と、籠と木箱を明日送ってくれることが書かれていた。沢山注文したけれど、ワイバーンの買い取り金額が高くて黒字になった。それと、砂糖の原料となるグラムス芋の苗を偶然入手したので、今日の夕方には送れると書かれている。
やったー!これで砂糖が作れる!
楽しみだなぁ。砂糖が作れたら、お菓子の研究もできるよね?そうだ。研究には、ハチミツもあったほうがいいな。森に花があるから、その蜜を集めてくればいいんだよね。
わたしは手を動かしながら、サムサとアリアに話しかけた。
「ハチミツが欲しいんだけど、どうやって集めたらいいかな?養蜂をやればいいと思う?」
「黒の森で養蜂は難しいよ。それができるのは、もっと魔物が少ない地域とか、森の外縁部とかじゃない?」
「そうね。花の蜜が欲しいなら、あれが良いんじゃない?」
「あれ?………あ、あれか」
サムサとアリアにはわかっているようだけど、わたしはまったく検討がつかない。
「エル様は、アーヴァメントとエグファンカのどっちが好き?」
そんな事聞かれても、わたしには意味がわからない。
「何のこと?」
「あ、エル様は知らないの?魔物だけど、花の蜜が好物なんだ。僕はアーヴァメントが好きだよ」
「わたしは断然エグファンカ。2体とも虫系の魔物なの」
つまり、虫系の魔物に花の蜜を集めてもらうって事か。できるのかな?
「ここはクロム様のねぐらが近いでしょ?他より魔素が濃くて、強い魔物が多いの。だから、飼うなら強い魔物じゃなくちゃね。すぐ死ぬような弱い魔物は必要ないわ。その点、エグファンカはいいわよ〜。闘争心が強くて、硬い甲殻があって、2本の角があって、脚は6本あるの。あの黒光りする身体は堪らないわ」