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32 最初の長はオムサファ

 でもその通り。長が困っているのはそこだと思う。この村はクロムの加護を受けて生活しているから、クロムを追い出すことはできない。クロムを受け入れながら今まで通りの暮らしを続けることはできるけど、わたしの畑はたった1日で豊かな実りをつけるし、自分達には作れないしっかりした家で食べ物にも困らず暮らす様子を見続けなければならないのは、さぞ辛いことだと思う。


 隣の芝生は青い。なんて言葉もあるように、他人の暮らしは良く見える。


 だけど、おそらく、この村にいるのは村を出て行く力のない者ばかり。クロムやわたしにいくら腹を立てたからと言って村を出て行くことはできないに違いない。


 そうして溜まった不満をクロムやわたしにぶつけることができないとなれば、不満をぶつけるのは村の指導者である長やオイクスとなる。それか、ギベルシェンかな?


 そう言えば、ギベルシェンは魔物なのにどうして村に入って来れるんだろう?クロムが結界をいじったのかな?


「この村の者は、クロム様の慈悲に慣れすぎ。結界があってあたりまえだと思ってるし、クロム様やエル様がこの村にいるのも面倒だな〜とか思ってるでしょ?」


「そのようなことはありません!」


「でもね、わかってる?クロム様とエル様はべつにこの村に執着してるわけじゃないから、村を出て行くことに問題はないし、簡単に新しい村を作れるよね。その時に、新しい自分の村に結界を張るためにこの村の結界を解いたらどうするの?」


「え?」


「この村がなくたって、クロム様は困らないと思うな〜」


「儂らは困ります!」


「だから、あなたが困ってもクロム様は困らないって言ってるの。今までこの村がクロム様の役に立ったことがあった?この村にしかない価値ってなに?どうしてクロム様がこの村を守らないといけないの?説明してみてよ」


 そう言うギベルシェンは笑顔だけれど、怒りを感じる。


「あのね。こう見えて僕は200歳を超えてるの。この村ができた時に立ち会ったし、当時の村長とクロム様がどういう経緯でこの村を作ったか知ってるの」


 長はぽかんと口を開けてギベルシェンを見た。


「………村の始まりを知っている?」


「そう。最初の長はオムサファ。黒の森の主であるクロム様に仕えたくて、一族を率いてやってきたんだ。忠誠の証に娘を捧げ、クロム様はその娘の血でこの地に結界を張った。娘の血はクロム様の力と混じり合い、この地に豊かな実りをもたらした。結界の力で魔素が薄くなるけれど、長の一族が血を捧げることで土地の魔力を保っていたんだよ。だけど、時の流れの中でその話は語られなくなった。でしょ?だから、今の村の惨状は、歴代の長が選んだ結果なんだよ」


「そんな………」


「今こうして教えてあげたんだから、よく考えて選びなよ。クロム様を追い出して自分達の力だけで生きていくか、詫びて結界を残してもらうようお願いするか、自分達の考えを改めてクロム様と共に生きていくか」


 長はがっくりと膝をついた。その顔は青い。


「さあ、クロム様、エル様、行くよ」


 言いたいことを言ってすっきりしたのか、彼の表情は明るい。隣のギベルシェンは苦笑している。


 家に入ると、長の嗚咽が聞こえたような気がした。


「さて。何をしようかな。ふふっ。家の掃除かな。……

って、掃除道具がない!?もう、クロム様。掃除道具くらい用意しておいてよ」


「俺に言うな」


 ドラゴンであるクロムに掃除道具が必要なことがわかるわけがないし、わたしの頭はお菓子作りや料理のことでいっぱいで、他のことを考える余裕がなかったのだ。しかたない。


「すぐに用意して」


「うん。すぐに手紙を書くね」


「なんで手紙?」


「アルトーの街のリングス商会に注文するの。さっきワイバーンを転送したから、いっぱい注文できるよ。必要な物を教えて」


「それは素晴らしい!掃除の基本は箒とチリトリ、雑巾にバケツだね。それから………」


 ギベルシェンの言うことを、順に木札に書き込んでいく。できたところで、木札をギベルシェンに渡した。転送の魔法陣を使って、木札をリングス商会へ送ってもらうためだ。


「お願いね」


「任せて」


 足取り軽くギベルシェンが出掛けて行き、残された女性のギベルシェンが「私は何をしたらいい?」と聞いてきた。


「じゃあ、夜ごはんの仕込みをするから手伝ってくれる?」


「喜んで」


 クロムは特にすることもないので、寝てくると言って2階へ上がった。


「何を作るの?」


「う〜ん。何がいいかな。スープと、ステーキ、それにサラダにしようかな。それと、明日の朝ごはんも仕込んでおきたい。明日はフレンチトーストが食べたいの」


 言いながらわたしは地下の食料庫へ向かった。


 ギベルシェンに籠を持ってもらい、そこに必要だと思う食材を入れていく。


「ギベルシェンに食事は必要ないって聞いたけど、作ったら食べてくれる?」


「ん〜どうかな。前に一度食べたことがあるけど、すっごい不味かったの。人間はよく平気だよね」


「あ〜、確かに!村や街で食べられてるご飯って美味しいないよね。始めて食べた時はびっくりしたよ」


「人間の味覚っておかしいんじゃないかなぁ」


 ギベルシェンがクスリと笑った。

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