30 ワイバーン退治
「何を驚いている。村の分断がどうのと騒いでいたのはおまえではないか。一部の者が畑仕事をするのが問題なら、全員関わらせなければよい」
「しかし、それでは明日ここに来る予定の奴らが困ります。すでに種まきと収穫の手伝いをするように伝えているのです」
「では、明日だけ手伝いに来させればよい」
「そんな!それじゃあ、予定していた野菜や果物が手に入らず、困る者が出てきます!」
「これまで自給自足でやってきたのだろう。元の状態に戻るだけだ。問題ない」
「問題あります!」
「そこのあなた、クロム様に対する態度を改めなさい。とても、下僕の態度とは思えません」
それまで黙っていたロコルが、目を吊り上げてオイクスを睨みつけた。
「はあ!?なんだおまえ。俺は下僕なんかじゃねえ!」
激怒したオイクスがロコルに掴みかかり、投げ飛ばそうとした。けれど、ロコルの胸倉を掴んだままオイクスは動かない。
どうしたんだろう?
よく見ると、ロコルの足元から根が張り出し、ロコルの身体を地面に縫い付けていた。
「そもそも、あなたはなぜこんな所に獣人の村があるのかご存知ですか?この村は、クロム様の許しを得ることでこの土地に在り、さらには加護を受けて存在を許されているのです。クロム様の気に障れば結界を解かれることはもちろんありますし、ドラゴンブレスの一息で村を丸ごと消滅させることも可能です。あなたがこの村のことを考えるなら、もっと真摯にお仕えするべきです」
そう言えば。どうしてこんな森の奥に獣人の村があるんだろう?いくら結界があったとしても暮らしには不便だし、結界の外に出れば危険と隣り合わせだ。
「わかっているのですか?クロム様の慈悲がなければ、すぐに立ち行かなくなる儚い暮らしだという事を」
「それが何だって言うんだ!じいちゃんはクロム様を敬えって言うけど、クロム様が村のために何をしてくれた?結界がなんだ。そんなものなくたって、この村はやっていける!」
「オイクス、その辺にしたほうがいいよ。勝手なことを言って、この村が魔物に襲われたらどうするの。ロコルも、あまりオイクスを刺激しないで。オイクスは長の孫だから、この村ではある程度の決定権を持っているんだよ」
わたしがふたりに落ち着くように声をかけたのに、ふたりはまったく聞く耳を持たない。
「魔物が来たら狩るだけだ!」
オイクスは威勢よく言って、自分の力こぶを見せた。
「ふっ。井の中の蛙とはこのことですね」
また、そうやって煽る………。
思わず天を仰ぐと、ワイバーンが畑の上を旋回しているのが見えた。獲物を狙っているように見える。その身体が向きを変え、畑を目掛けて滑空してきた。ワイバーンの先には、作業の手を止め、じっとワイバーンを見つめる1名のギベルシェンがいる。性別がわからない、綺麗な顔をした子だ。
「危ない!」
思わず叫んで駆け出そうとしたわたしを、クロムの手が止める。
狙われたギベルシェンは右手をワイバーンに向かって伸ばした。そのとたん、ギベルシェンの肘から先にかけて植物の蔓のようなものが生え、ワイバーン目掛けて爆発的に成長しながら突き進んだ。ワイバーンは怯むことなく、ギベルシェンへ向けて一直線に突っ込んでくる。ギベルシェンの腕から伸びた蔓は先が捻じれ、ひとつに固まり、鋭く尖る槍のような姿に変形した。
ギュルルルル〜!!
ドリルがめり込むように、ワイバーンの眉間に蔓の先が入り込み、その脳を潰した。ワイバーンは大きくビクンと跳ねたあと、動きを止めた。そして自分目掛けて滑空してきたワイバーンの勢いを腕一本で受け止め、その大きな身体を落とさないようにしながらギベルシェンはこちらを向いた。
「ねえロコル、これどうする?捨てる?」
その顔は無邪気で、捕まえた虫をどうするか聞いている子供のような気がする。でも、確かに彼(彼女?)が捕らえたのはワイバーンだ。
そして、周囲のギベルシェンは何事もなかったかのように作業を続けている。誰も気にしていないのが不思議でならない。
「クロム様、エル様、いかがいたしますか?捨てますか?」
「えっと。素材が売れるから、リングス商会に送りたいな。洞窟まで運んでくれる?………あ、でも、血抜きはしたほうがいいのかな。どうなんだろう?ねえクロム、ワイバーンの血って使えると思う?」
「俺が知るか。そのまま送ればよかろう。おいまえ、血は止められるか?」
「うん、できるよ。穴に蓋しておくね」
ギベルシェンは左腕を上げ、そちらからも蔓を伸ばしてワイバーンの身体に巻き付けた。そしてワイバーンの眉間に刺した蔓は眉間から近いところでぽきりと折れて離れた。残りの蔓は粉々になって畑に降り注いだ。
「じゃあ、ワイバーンを洞窟に運んでくるね」
「ロコルナ、案内してあげる〜」
ひとりのギベルシェンが案内を買って出て、ロコルナと呼ばれたギベルシェンはワイバーン片手にスタスタ歩いて行った。
その様子を見ていたオイクスが、顔を引き攣らせている。