28 魔物は名前を持たない
土から出て来たギベルシェンは、皆ロコルと同じ15歳くらいに見える。綺麗過ぎて性別がわからないような子もいるけれど、ほぼ男女同数いるように見える。全員、ロコルとお揃いの緑色の衣装を着ていて、濃淡の違う緑色の髪をしている。
「他の子は何ていう名前なの?」
「エル、ギベルシェンは群れの長にしか呼び名がない。それも、個別の名前ではなく、長が代々引き継いでいく名だけだ」
「え、じゃあ、どうやって呼び合うの?」
「名前などなくても意思の疎通ははかれますし、何の問題もございません。そもそも、魔物は名前を持たぬもの。名前を持つと言うことは、とても特別な事なのです」
魔物は名前を持たぬもの、かぁ。だから、群れの長という特別な地位にいるロコルだけ名前があるんだね。
………んん?わたし、何かを忘れてない?
「しかし、エル様はさすがですね。クロム様のご息女としてお生まれになっただけでなく、名持ちの魔物だなんて尊敬します」
そうだ!クロムが魔物の王なら、その魔素溜まりから生まれたわたしも魔物だよね!?がーん!!普通の生まれじゃないとは思ってたけど、見た目や力はヒト族だし、わたしは人間なんだと思ってたよ。
そうだよね。人間はドラゴンの魔素溜まりから生まれないし、透明な卵の中で生きるなんて無理だ。見た目がヒト族だからって、ヒト族とは限らないよね………。
わたしが名持ちの魔物だとして、種族はなんだろう?交配によって生まれたのではなく魔素溜まりから生まれたわたしは、親にあたるクロムと同じドラゴンとは限らない。魔素溜まりから生まれる魔物は、親の性質を受け継ぐとは限らないから。
魔物は、ゴブリンやオークのように人間を襲って子供を産ませようとする種族もいるけれど、大抵は同種族との交配によって生まれるか、魔素溜まりから生まれる。魔素の濃い地域(山や森などの自然豊かな所)では魔物は次々生まれるけれど、逆に人間に開発された都市や村での出現率は低い。そして、魔素が薄いと生まれる魔物が弱くなる。
そう考えると、魔物の王であるクロムの魔素溜まりから生まれたわたしは強い魔物ということになる。魔法が簡単に使えるのは、そういう事かもしれない。
「さて、エル様。………それとも、姫様とお呼びしましょうか?」
突然そんな事を言われて、頭が真っ白になった。
「はっ?やめて、エルって呼んで!様もいらないから!」
ロコルは首を横に振って、わたしに真剣な眼差しを向けて来た。
「呼び捨てになどできるはずありません。慣れてください」
………そんなぁ〜。
「さて。それでは畑仕事を始めますか。すでに畑は耕されておりますし、まずは種まきでしょうか。エル様、種を渡してください」
「種はクロムが持ってるよ」
「かしこまりました」
「そうだ!」
「エル、どうかしたか?」
「うん。これだけギベルシェンがいるんだから、畑仕事だけじゃなくて、転移の魔法陣の管理を任せたらどうかな?」
「それはいいな。交代すれば、一日中見張っていられるだろう」
え。それは大変じゃない?
「クロム様、転移の魔法陣とはどのような物でしょう?我々は、何をすればよろしいですか?」
クロムがロコルに転移の魔法陣の説明を始めた。村の洞窟と、人間の街であるアルトーのリングス商会と繋がっていて、物のやりとりができること。魔法陣を通じて、必要な物と収穫物のやり取りをしたいこと。勝手に使われないように、そして物が届いた時はすぐ報告してもらうために管理者を必要としていたことなどだ。
「なるほど。承知致しました。………そこの6名、おまえ達に転移の魔法陣の管理を任せる。2名づつで見張りにつき、1日3交代で行うように。4日続けて見張りをしたら、次の6名に交代する」
指名された6名は嬉しそうな顔で頷いた。
「お仕事なんて久しぶり〜」
「起きてるのも久しぶり〜」
「頑張るよ〜」
6名を転移の魔法陣がある洞窟に案内するため、わたしが行くことになった。
クロムには畑に植えるために購入した種や野菜、果物を出してもらうように頼んだ。
一旦、家の前まで戻り、そこから畑を横切って洞窟まで行く。洞窟の入口にあるささやかな祭壇を見て、6名は首を傾げていた。でも何も聞かれなかったので、そのまま奥の広間を目指す。
洞窟の広間に着くと、そのあまりに何もない空間が気になった。こんな何もない場所にずっといたら退屈でどうにかなってしまいそうだ。せめて、テーブルと椅子、休むための長椅子が必要じゃないかな。森の方で作り出して、ギベルシェン達に運んでもらおうかな。
そういえば。ギベルシェン達が住む家が必要だよね?植物系の魔物とはいえ、ずっと外にいるより、屋根や壁のある家のほうが安らげるんじゃない?
「じゃあ、誰が先に見張りをする?」
「誰でもいいよ」
「それなら、私がやる〜。ここはクロム様の魔力が満ちてて気持ちいいんだもん」
「俺は夜がいいな。寝すぎて、頭がぼうっとするんだ」
「私は朝がいい。朝に籠もるの楽しそう」
ギベルシェン達の話し合いにより、とてもスムーズに見張りの順番が決まった。急に決まったことなのに、嫌がる魔物がいない。協力的なのはありがたいね。