20 おすそ分け
台所へ行き、まな板の上でケーキを8等分に切った。食事をする時に身体強化の魔法を解いていたから、また魔法をかけた。魔法なしのわたしの力じゃ、包丁を持つこともできないんだもん。
その様子をわたしの後ろから見ていたクロムが、「ほう、身体強化か。うまく使えているようだな」と呟いた。
身体強化の魔法は、身体の能力を上げる魔法だ。筋力を上げて重い物を持てるようにしたり、速く走れるようになったりする。能力が上がるのはいいんだけど、これ、調整が難しい。能力を上げすぎると、包丁が軽くなりすぎて、せっかくふわふわにできたケーキを潰してしまうことになりかねない。
だから、ケーキを切って包丁を置くと、すぐに魔法を解いた。ケーキをお皿に運ぶ時に握り潰してしまっては泣くに泣けないから。
ケーキに果物を添えるため、クロムにシナトという果物を出してもらった。これは皮が薄くて、実は水分が多くとても甘いの。中心には大きな種が入っているから、種を避けてナイフで実を切る。できるだけ綺麗に実を切り取って、残った実は行儀悪くかじり取る。ん〜〜、美味しい!そして種はね、植えるために取っておくの。
ふふふっ。畑の一角を果樹園にするつもりなの。楽しみ。
クロムにケーキが乗ったお皿をテーブルまで運んでもらい、再び向かい合った。
まずは一口。ケーキをフォークで切り分け、一口パクリと食べた。優しい甘さで、くどくなく、ハチミツのおかげでケーキはしっとりしている。そうそう、わたしが食べたかったのはこの味だよ!ジューシーなシナトともよく合う。堪らない美味しさだ。
ふと顔を上げると、クロムが空っぽのお皿を前に呆然としていた。
「………なんだこれは。口の中で解けるようになくなってしまったぞ。美味すぎる」
そう言って、クロムは視線を台所のケーキに向けた。
「あ、だめだよ!残りは長にあげるの」
「なぜだ」
視線はケーキから外れない。
「長には昨日もご飯を用意してもらったし、これからもお世話になるでしょう?お礼と、挨拶の印として、ケーキをあげるの」
「必要ない。この村には俺の加護を与えている。それで十分だ」
「加護?それは、どんな効果があるの?」
「村の中に魔物が入らないのだ」
「え、それだけ?獲物を獲って来るとか、病気にかからないとか、なにかないの?」
「なんだそれは。俺を何だと思っている?神でもないのに、病気知らずにできるわけがなかろう。大体、獲物を獲るくらい獣人ならば容易いことだ。俺がやる必要はない」
「そっか。そうなんだ。神様なら病気知らずにできるんだ。すごいね」
「なんでそうなる!?」
「違うの?」
「いや、違わないが………はぁ〜」
クロムはなにか言いたそうにしたものの、言葉を飲み込むようにして深いため息をついた。
「もういい。食べたら外にいる人間に声をかけて、村長を呼びつけろ。村長の家へ行く必要はない」
「どうして?」
「エルの力では、鍋も運べまい。呼びつけて、奴らに運ばせればよい」
う〜ん。大きい鍋にいっぱい作ったから、まだシチューはたっぷり残っている。この状態だと、身体強化を使ってもわたしには運びづらい。だけど、できないと言われるとなぜかやりたくなる。
椅子から降りようとしたわたしを、クロムがぎんっと睨みつけた。
「上の立場の者は、下々の所へ行くのではなく、呼びつけて用事を済ませるものなのだ。覚えておけ」
「う〜〜、わかった」
「その顔はちっともわかっていないが、まあいい。トリーが来たようだ」
「え?」
わたしが頭にクエスチョンマークをいっぱい浮かべていると、玄関の扉が叩かれた。
「おはようございます。トリーです」
椅子を滑り降り、走って行って玄関を開けると、そこにいたのはトリーだった。ケシーもいる。
「あ、エル様おはようございます」
「おはようトリーにケシー。あのね、クロムが扉が叩かれる前に「トリーが来た」って教えてくれたの。すごいでしょ!?」
「え?あ、ああ、すごいですね。僕の気配を覚えてくださっていたんですね。ありがとうございます、クロム様」
トリーが感激した様子で言った。
「それより、ちょうどいいところに来たな。おまえたち、鍋とケーキを長の家へ運べ」
「わかりました。って、ケーキ!?ふわぁ、良い匂いがします」
「ああ、本当だ。なんて美味しそうな匂いなんだ」
トリーとケシーが匂いに誘われるように台所へ行き、ケーキを見てびっくりしていた。
「なんですかこれ!?甘い良い匂いがして、果物が飾られていて、見るからにふわふわで………」
「トリー、こっちの白いスープも良い匂いがするぞ!初めて見るのに、匂いだけでよだれが出そうだ」
「それね、わたしが作ったの。ハチミツ入りのケーキとシチューだよ。長の家へ運んでくれる?食べ残しで悪いけど、わたしからの贈り物なの」
「わかりました。エル様からの贈り物なら、なんでも喜んで受け取るでしょう」
「こんな美味しそうな物、長は食べたことないはずですよ。それは、俺達もですが………」
トリーとケシーが、食べたそうにケーキとシチューの入った鍋を見つめている。