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17 ふかふかパンが食べたい

 あ、広場の端にケシーとクーがいる。クロムのドラゴンの姿を見たせいか、クーは警戒して毛を逆立てている。あっちへ行って、クーを宥めてあげたいな。


「それではクロム様。僕はこれで失礼………」


「まだ話がある。トリー、ついて来い」


 ケシー達の所へ行こうとしたトリーが、クロムに引き留められた。


「どんなお話でしょう?」


「家に着いてから話す。長、おまえも来い」


「待て!………いや、待ってください。俺も行きます」


 長に声をかけたのに、オイクスが割り込んできた。


「おまえは必要ない」


「では、俺に長を運ばせてください。長は足腰が弱っていて、歩くのが遅いんです」


「………いいだろう」


「ありがとうございます」


 わたしを抱き上げて歩き出したクロムの後を、トリーと、長をおんぶしたオイクスがついて来る。


 家の前に鍋や籠を持った大人達ががいて、クロムの到着を待っていた。勝手に家に入るのはよくないもんね。大人達はクロムの許可を得て家の中に入り、食事の準備をしてくれた。


「ありがとう」


 大人達に声をかけると、彼らは目を見開いて驚いた。手を振ると、表情を緩めて笑顔を見せてくれた。


 食事の準備が終わると、大人達とオイクスは静かに家から出ていった。でも、外に人の気配がするから、長を待ってるんだろうな。


 すっかり夜になっていたから外は暗いけれど、トリーが蝋燭に火をつけてくれたから室内は明るい。ユラユラ揺れるオレンジ色の明かりは、ヒカリゴケの青白い明かりと違っていて楽しい。


 でも、蝋燭は消耗品だから、ヒカリゴケのほうがいいな。ヒカリゴケは植物だから、ほんのわずかな水と魔素だけで生きて発光してくれるの。わたしは、ヒカリゴケの明かりも好き。


 テーブルの上には、ふたり分の食事が用意してあった。スープとパン、そしてスプーンが置いてある。


 わたしはクロムに手伝ったもらって台所で手を洗い、買ったばかりの布巾で手を拭いた。


「なぜそんなことをする?」


「え?だって、食事の前には手を綺麗にしなくちゃ。そうしないと、パンを触った時にパンが汚れちゃうじゃない」


 なにを当たり前のことを聞くんだろう?


「………そういうものか」


「それより、長は一緒に食べないの?」


「おふたりと食事をご一緒するなど、とんでもない。そんな恐れ多いことはできません」


「なにも恐くないよ?それに、皆で食べたほうが美味しいよ。ねえクロム、いいでしょ?」


「いいだろう。長、トリー、さっさと準備をしてテーブルにつけ。食事をするぞ」


 長が用意してくれたスープは、少しの野菜と、ゴロゴロの大きめに切られた肉が入っていた。スプーンですくって口をつけると、煮込まれた食材の旨味と、ちょうどいい塩加減のおかけで美味しかった。アルトーの街の食堂で食べたスープより、ずっと美味しい。しっかり塩を使っているせいかな。パンは硬くてボソボソしていたから、皆の真似をしてスープに浸しながら食べた。うん。こうすれば食べられる。でも、わたしはもっとふかふかの柔らかいパンが食べたいな。


「………どうした?」


「スープ美味しいね」


 できる限り何でもない風を装って、にこりと笑った。


「それだけか?」


 むう。見抜かれてる?


「あ、うん。ふかふかのパンが食べたいな、って思ってた」


「ふかふかのパン?なんだそれは。パンとは硬い物だろう」


「違うよ。パンは酵母………ええと、ふかふかの元?を使って、じっくり時間をかけて作ればずっと美味しくなるんだよ」


「………そうか。それで、いつ、ふかふかのパンを食べたんだ?」


「え?」


「俺に気づかれずに、どこのどいつがおまえに給餌したんだ?」


「ん?」


 考えてみれば、わたしは洞窟内の魔素溜まりで生まれてからこの村に来るまで、クロム以外の人物に会ったことがない。食事だって、クロムが持って来てくれたスープを見たのが初めてで、初めての食事はアルトーの街へ行ってからだ。


 それに、クロムは餌を獲りに行く時くらいしかわたしから離れない。わたしがひとりきりになる時間なんて、微々たるものだ。つまり、わたしについて、クロムが知らないことはほとんどない。


 だからかな。わたしが、クロムの知らないふかふかパンのことを話しただけでかなりご立腹な様子。


 だけど、わたしにだってよくわからない。なんで食べたこともないふかふかパンを知っているのかわからない。食べたこともないのに、味が思い浮かぶし、レシピも頭に浮かんでくる。


 そういえば。わたしが食べたいケーキだって、わたしが生まれてから食べたことはない。わたしが食べたのは目の前にあるパンやスープ、それからアルトーの街で口にした料理だけだ。魔物肉なら卵に入っていた頃に消化吸収していたけど、あれは料理ではないし、味も知らない。


「ねえクロム。どうしてわたし、ふかふかパンを知ってるのかな?」


「俺が知るわけないだろ。誰かに与えられたのではないのか?」


「うん。食べたことないよ。でも、作り方は知ってる。水と果物から酵母を作って、そこから小麦粉を足してパン種にして、パン種と小麦粉と塩、砂糖で生地がてきたら1次発酵と2次発酵をするの。あとは成形をして焼くだけ。あ、でも、わたしは力が足りないからひとりじゃできないし、パンより先にケーキが食べたいかなぁ」


「パン種?ケーキ?よくんからんが、誰かに給餌されたわけではないのだな?」


「うん」


「ならばよい」


 クロムの怒りは解けたらしい。よかった。

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