15 スパイスを見つけた
結局、塩味の野菜炒めも不味くて食べられなかった。
なんで?なんでなの?わたしは、美味しい物が食べたいだけなのに!
そうだ!市場に行けば、新鮮な物が並んでいるはず!食堂の料理がまずいなら、材料を買って自分で料理すればいいんだよ。
トリーに食材の調達を頼んでいるけど、実際に自分の目で見て選ぶのは違った楽しさがあるし、クロムのアイテムボックスがあるからいくらでもしまうことができる。
うん。市場で買い物をしよう!
「クロム、早く市場に行こう?ここには、もういたくないの」
クロムは普通に食事をしていたけれど、わたしが声をかけると手を止めた。
「わかった」
そう言って、クロムはわたしを抱き上げてくれた。
わたしは、初めての食事がこんなにまずいものだったことにショックを受けたし、食べ物を前にして食べられないことに申し訳ない気持ちになっていた。なんだか、泣きたい気分。
残した料理は、捨てられて、きっとゴミになるよね。そう考えると、ますます泣きたい気持ちになってきて、じわりと涙が溢れてきた。
クロムの胸元に顔を埋めて、人に顔を見られないようにした。
「………………う〜〜っ」
めそめそと泣き出してしまったわたしを抱いて、クロムは食堂を後にした。
それから、クロムの歩調に合わせてゆらゆら揺れるのが気持ちよくて、ほんの少し眠ってしまった。
起きたときには、そこは様々な屋台やら、地面に敷物を敷いて商品を並べているお店と大勢の人で賑わう市場だった。活気が溢れ、値切り交渉の声があちこちから聞こえてくる。すごく楽しそうだ。
まず、目に入ったのは香辛料のお店。袋に入れられて、きちんと店先に並んでいる。
なんだ。ちゃんと香辛料があるんじゃない。これがあれば、美味しいご飯が作れるね!
「おじさん、ここにある香辛料を金貨1枚分ちょうだい!」
思わず、クロムに相談もなく声を張り上げていた。
「はっ?金貨1枚分だと!?お嬢ちゃん、これがなにに使う物がわかってるのかい?」
「料理に使うんでしょ?大丈夫、お金ならあるよ。クロム、払ってくれる?」
「ああ、いいぞ。好きなだけ買うといい」
クロムが金貨を差し出すと、おじさんは驚いた表情から満面の笑顔へ変わった。
「絶対に売れると思って仕入れたんだが、値段が高すぎるのかちっとも売れなくてね。正直、困っていたんだよ。お嬢ちゃん、ありがとう」
「それなら、貴族に売り込みをしたら?貴族はお金があるし、絶対美味しい物食べたいと思うよ」
「貴族様に売り込むには、ツテが必要なんだよ。おじさんはそのツテがないから、困っているんだよね」
「大丈夫。トリーに言っておくから、きっと売れるようになるよ」
「トリーって?鳥か?」
「トリーはトリーだよ。楽しみにしてて」
「なんだかよくわからんが、励ましてくれてるんだな。ありがとよ。そら、香辛料だ。おまけしておいたぜ。って、あんた、アイテムボックス持ちか!羨ましいぜ」
クロムが受け取った香辛料の袋をアイテムボックスにしまうのを見て、おじさんが驚きの声をあげた。
商人にとって、荷物を運べるアイテムボックスは欲しい能力だよね。
それから、果物や肉、野菜といった食材から調味料を買えるだけ買って、わたし達は市場を後にした。大量に買ったおかけで、どの店でもおまけをしてくれた。ありがたいなぁ。
リングス商会に戻って来た時には、夕方になっていた。
「おかえりなさいませ。楽しめましたか?」
トリーが出迎えてくれた。
「うん。買い物楽しかったよ!あのね、市場に香辛料を扱うお店があったの。香辛料があれば、料理がぐんっと美味しくなるんだよ。絶対にリングス商会でも取引すべきだよ!」
「エル様はよくご存知ですね。ですが、香辛料は高級品でしょう?リングス商会のように行商に力を入れている商会には、まだ手が届かないんですよ」
「そんなことないよ。リングス商会はオーブンも扱ってるじゃない。美味しい者を食べたいお客様がいるってことでしょ?だったら、香辛料だよ」
「わかりました。エル様がそこまでおっしゃるなら、商品のひとつとして考えてみましょう」
「ありがとう」
「どういたしまして。僕は、ご要望のあった物を揃えることができました。倉庫に準備してあるので、いまから行きましょう」
というわけで、わたし達は倉庫へ向かった。
夕方という時間のせいか、昼間来たときより人が少ない。
トリーが向かった先には、木箱が積み上げてあった。運びやすいように、木箱に詰めてくれたんだって。中身の説明を受けながら、クロムがすべてアイテムボックスにしまった。
ちなみに。トリーのマジックバックには商品が再び詰められて、商売の準備が整えられているらしい。洞窟付近の村からアルトーの街の間には他にも村が点在していて、そこに寄りながらトリー達はアルトーの街へ向かうんだって。だから、他の村にも売る商品が必要らしいよ。
「それでは、門が閉まる前に外へ出ましょうか」
トリーに促されて、わたし達は南門から外へ出た。街を出る時は、お金はかからなかった。
門の外へ出ると、閉門までに中に入ろうと走ってくる冒険者や、荷馬車を走らせる商人を見かけた。
魔物も、獣も、夜になると活発になるものが多い。街の外で夜を過ごそうとする変わり者は、わたし達以外には見かけなかった。
「これから暗くなるってのに、そんな小さな子供を連れた何しに森へ行くんだ?朝になってからじゃだめなのか?」
そう声をかけてきたのは、荷馬車の御者台に座ったお兄さんだった。人の良さそうな顔をしている。