123 寂しい
クロムはわたしに背中を向けたまま、こちらを見ようともしない。
そういえば。クロムの背中ってあまり見たことないかも!クロムはすぐわたしを抱き上げるし、目の届くところにいるときは、いつもわたしを見ている。
クロムの背中が見られるなんて、新鮮だ!
わたしはなんだか嬉しくなって、クロムの背中に抱きついた。
背中を通して、トクントクンッと心臓の音が聞こえてくる。心臓の音も、クロムの体温も心地いい。
ああ、なんだか………帰るべき場所に帰って来た、という感じがする。
「ただいま、クロム」
「………」
クロムはなにも言わない。無視されて怒るべきなのかもしれないけれど、いまは沈黙も心地いい。
あぁ、なんだか、ウトウトしてきた。安心して、気が遠くなる………。
「クロム、だーいす………すぅ………」
「………?」
なにか言おうとしたけれど、あんまり眠くて、言葉にする前にわたしは意識を手放した。
翌朝、目が覚めると、不機嫌そうな顔のクロムが目に飛び込んで来た。
………あれ、おかしいな。これは昨日の続き?クロムは、まだ機嫌が悪いの?
「おはよう、クロム」
身体に回されていたクロムの腕から抜け出し、わたしはベッドの上に正座した。
クロムはムスッとしたまま身体を起こし、ベッドの上にあぐらをかいて座った。
「………昨日のことは覚えているか」
そう言われて、わたしは昨日の出来事を振り返った。昨日は夜中に目が覚めて、厨房に行ったらガンフィが泣いていたんだよね。それで、ガンフィを慰めて、一緒にパンケーキを食べて。寝室に戻ったらクロムが怒っていて、わたしはクロムは抱きついているうちに眠ってしまったんだよね。
でも、クロムが気にしているのは、たぶんそこじゃなくて。寝る直前のことだと思う。
「ええと、わたし、なにか言おうとしてて………」
「そうだな。言いかけだったな」
なんだろう。この、先を促すような言い方は。
「わたしが言おうとしたのは………」
「それは、なんだ?」
「………あ、思い出した!」
わたしがそう言うと、クロムの目が期待に輝いた。
「こう言おうとしたの。………クロム、だーいすき!」
クロムに飛びつくと、彼が受け止めてくれた。
「エル、俺もおまえが好きだ。だから、ずっと一緒にいよう」
「うん?いまも一緒にいるよね?」
「そんなことはないぞ。エルは、よく俺を置いて行くではないか」
「それは………」
「だから、俺は考えたのだ」
クロムはわたしと身体を離し、顔の前で拳を作った。
「う、うん。なに?」
「俺がエルと同じ子供になればいいのだ!」
そう言って、胸を張るクロム。
「なんで!」
思わずツッコんでいた。
「どうしたらそんな発想になるの!?」
「ふふん。俺が子供なら、エルも俺を置いて行こうとは思わんだろう?」
「ううん。置いていくよ」
「なんだと!?」
どうして驚くかな?当然だよね?
「だって、子供は遊ぶのが仕事でしょ。わたしの仕事に連れ回すことはできないよ」
「それなら、どうすればいいのだ………」
頭を抱えて落ち込むクロム。
「う〜ん。それじゃあ、クロムも働く?」
「え?」
「暇にしているから、余計なことを考えるんじゃない?」
「なにが余計なことだ。エルと共にいたいと言うのが、余計なことなのか」
「わたしとクロムは父娘でしょう?仲がいいのはいいことだけど、四六時中、一緒にいるのはおかしいよ。自分の時間を大切にしなくちゃ」
「俺の時間は有り余っている。ひとりで過ごすより、エルと共に過ごす時間のほうがいい」
「う〜ん。そっかぁ………」
どうしてクロムは、そんなにわたしにこだわるんだろう?
わたしが一緒にいたって、わたしの仕事をクロムがやるわけじゃないし、紅茶やお菓子を摘んで過ごすだけだよね。一緒にいる意味がある?
もしかして、クロムは退屈なのかな?なにか、クロムにも仕事をしてもらえばいいのかな?
でも、クロムに任せられる仕事ってなんだろう?
「………クロムがやりたい仕事ってなに?」
「なぜそうなる。そんなこと、ひとことも言ってないぞ」
「そっかぁ………」
クロムに冷めた目で見られて、スンと真顔になった。
じゃあ、なんなの。どうしてわたしと一緒にいたいの。
わたしが必死に考えているというのに、クロムはわたしをひょいと抱き上げて、自分の脚に座らせた。そして満足そうに、わたしの頭を撫で始めた。
そういえば。一緒にいるとき、クロムはわたしに触れようとするよね。すぐ抱っこするから自分で歩けないし、食事のときでもなければ、ひとりで椅子に座ることもできない。
「………あ。もしかして、クロムはひとりが寂しいの?」
「………そうだ」
心から寂しそうに、クロムは呟いた。
「そっかぁ。じゃあ、しかたないね。甘やかしてあげるよ」
正確には、ただ寂しいんじゃなくて。クロムはぬくもりに飢えているのかもしれない。だから、こうしてベタベタしているんだと思う。
わたしはクロムの脚を降りてベッドの上に立ち、背伸びしてクロムのシャツの胸元を引っ張った。クロムが頭を下げてくれたところで、その頭を抱きかかえて撫でてあげた。
男の人を甘やかすって、よくわからない。それに、このくらいしかわたしにできることはないから、クロムには我慢してもらおう。
思うように書けなくて、何度も書き直してました。あううっ。