122 真夜中のパンケーキ
「いいじゃない。甘えたって。それより、白湯が飲み頃になったと思うよ。一緒に飲もう?」
「はは。エル様は不思議な方ですな。とても、息子達と同じ年頃とは思えませんよ」
「うん。違うよ?」
「え?」
「わたしはクロムの魔素溜まりから生まれた魔物だからね。人の姿をしていても人間じゃないし、生まれてから数ヶ月しか経っていないんだよ」
「そうか、そうですよね。クロム様のお嬢様が、人であるはずがない。しかし、生まれてから数ヶ月しか経っていないとは、どういうことですか?息子達と同じ年頃に見えるのですが?」
「わたしね、卵の殻に入った状態で生まれたの。意識を持ったときから、この姿だったんだよ。赤ちゃんだったことはないし、大人の女性になれるかもわからない。ずっとこのままの姿かもしれない。なにもわからないの」
「それは………」
なにを想像したのか、ガンフィの顔が曇る。
「なにを考えているの?わたしは平気だよ。だって、わからないってことは、色んな可能性を秘めているっていうことだから。蛹が蝶に化けるように、わたしも美しくなれるかもしれないじゃない」
「ふはっ。蝶ですか。エル様は、いまも蝶のようにお美しいですよ」
「ありがとう。だからね、ガンフィも未来を諦めないで」
「!!」
「誰もが納得できる未来を迎えることはできないと思う。でも、大切な人が笑顔になれる未来が待っているなら、そこへ向けて努力しなくちゃ。なにもしないで後悔するなんてつまらないよ」
ユルドによると、ガンフィに毒を盛り、ロゼリア妃や王子達の暗殺命令を出したのは王様らしい。
ガンフィは、実の父親に自分だけでなく妻子の命も狙われたことになる。悲しいと思う。やるせないと思う。怒りもあるだろうし、信じていた人に裏切られたことで絶望を感じているだろうと思う。
でも………。
「まだ、未来が閉ざされたわけじゃない。可能性は残されているんだよ」
それには、ガンフィがどう動くかが関わってくる。
「そう、ですね。まだ、様々な可能性が残されている。諦める必要はないのですね。ありがとうございます、エル様」
ガンフィは、吹っ切れたいい笑顔で笑った。
「そういえば。ガンフィはどうして館じゃなくて、屋敷の厨房にいたの?」
館にも台所はあって、白湯ぐらい用意できるはず………あ、違う。館にはオーブンコンロを設置してない。ユルドが気を利かせてオーブンコンロを設置してなければ、館で火は使えないんだ。
コンロに置かれた鍋を覗くと、白湯ができていた。そこで、食器棚からカップをふたつ取り出し、白湯をカップへと注いだ。
「ああ。昨日、談話室で眠ってしまって、そのまま屋敷に泊めてもらったんです。そのあと夜中に目が覚めてしまって、館に戻るのも面倒だったのでこちらにお邪魔したんですよ」
ガンフィは立ち上がり、申し訳なさそうに苦笑した。
「そうだったんだ。じゃあ、お腹空いてるでしょう。なにか作ろうか?………あ、白湯どうぞ」
「あ、ありがとうございます。たしかにお腹は空いているので、なにか食べられたらありがたいです」
ガンフィはわたしからカップを受け取り、両手でカップを包んだ。手が大きいので、カップが小さく見える。
「じゃあ、パンケーキを焼くね」
でも、パンケーキだけじゃきっと足りないから、ソーセージと果物も用意しようかな?いやいや、真夜中にそんなに食べたら、朝食を食べられなくなるかも。やっぱり、パンケーキだけにしよう。
ひとり納得して、わたしは準備を始めた。
準備が終わったらせっせとパンケーキを焼いていき、パンケーキの山を作る。わたしは食べなくても平気だけど、それだとガンフィが気を遣いそうだから、自分の分にパンケーキを2枚だけ用意した。
パンケーキには、バターの塊とたっぷりのハチミツをかけたよ。
厨房の作業テーブルにガンフィと向い合せで座り、お互い「いただきます」と言ってから食べ始めた。
「ふふ。美味しい〜」
「このハチミツはくどくなく、スッキリした甘さでいいですね。パンケーキによく合います」
「うん。エグファンカ達が採って来てくれているんだよ」
そんなことを話しながらガンフィとパンケーキを食べ、後片付けをして厨房を後にした。
寝室に戻って来ると、クロムがベッドに腰掛けて不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
クロムは黒の寝間着を着ていて、少しはだけた胸元が色っぽい。それにしても、目つきが悪くても、機嫌が悪そうでも、クロムはかっこいい。イケメンて得だなぁ。
「………まだ夜中だぞ。俺を置いて、なにをしていた」
まるで、拗ねているみたいな言い方だ。慰めたほうがいいのかな?
わたしはクロムに駆け寄り、ベッドによじ登ると、背伸びをして背後からクロムの頭を撫でた。
「………どういうつもりだ。こんなことで、俺の機嫌をとっているつもりか」
そうだけど、そうじゃない。
「ガンフィがね、泣いてて。だから、こうしてあげたの」
「ふんっ。泣くなど、情けない男だ」
そうかなぁ?わたしは、男の人が泣いてもいいと思うけど。