120 バヌナブレッドを作ろう
わたしが知っているレシピの中に、バナナブレッドというものがある。どうしてケーキなのに「ブレッド」なのか、よくわからない。材料に、パンに使う強力粉があるからかもしれない。
バナナによく似たバヌナという果物が見つかったので、バナナブレッドならぬバヌナブレッドが作れるようになった。
材料は、薄力粉と強力粉、ベーキングパウダー、砂糖、溶き卵、溶かしバター、そしてバヌナのピューレだ。クルミがあるとコリコリした食感になってわたしは好きだけど、まあ、今回はなくてもいい。
クルミの代わりにアーモンドを入れようかと思ったけど、それだと、なんだか違うケーキになりそうなのでやめておいた。
「いまはユルドがいないから、俺が手伝いますよ。なにをしますか?」
優しいバーナビーがそう申し出てくれた。
でも大丈夫。わたしのレシピは、そう難しいことはないから。
だけど、そうだな。せっかく声をかけてくれたんだし、見ているだけだと暇だよね。手伝ってもらおうかな。
ちなみに、厨房まで一緒に来たクロムは、作業テーブルについてプリンを楽しんでいる。本当に甘い物が好きだよね。
「じゃあ、バターを小鍋で溶かして、バヌナをすり鉢ですり潰してピューレ状にしてくれる?」
「任せてください」
ちらりとメイドを見ると、なにも言っていないのにオーブンに火を入れてくれていた。気が利くね。
わたしは薄力粉と強力粉、そしてベーキングパウダーをひとつのボウルに入れ、それを泡だて器(なぜかあった。誰かが作ったのかな?)でよく混ざるようにグルグル混ぜた。さらに砂糖を加えてグルグル混ぜる。次に木べらに持ち替えて溶き卵を加え、バーナビーが用意してくれた溶かしバターとバヌナピューレを加えながら、そのつど混ぜていく。
完成した生地をパウンド型に流し入れ、準備完了。あとはオーブンで焼くだけだ。
「簡単だったでしょ?」
バーナビーに聞くと、笑顔が帰ってきた。
「そうですね。エル様は手際がいいですね」
「も〜。褒めても、なにも出ないよ」
「へへっ。エル様の笑顔を見れただけで十分です」
「むぅ」
そう言われると、返す言葉がない。
オーブンが温まったタイミングで、メイド達が動いてパウンド型をオーブンに入れてくれた。指示をしていないのに、自主的に動いてくれるって素晴らしい。
「エル、こちらへ来い。ケーキが焼けるまで、お茶でもして待とう」
「それはいいけど、このケーキは火が入りにくいから焼けるのに1時間はかかるよ?」
「そんなにか」
クロムは肩を落としてがっかりしている。
「ふふ。クロム、甘い物ばっかり食べてたら太るよ?」
「むっ。エルが美味いものばかり作るのが悪い。それに、俺はいくら食っても太らないから平気だ」
子供みたいなことを言うクロムが可愛くて、頭を撫でたら抱き締められた。
「………エルはちっとも成長しないな」
「そうだね〜」
記憶にあるかぎり、わたしの身体は成長していない。卵の殻の中で意識が生まれたとき、すでにこの身体だった。せっかく女の身体に生まれたのだから、子供のままじゃなく、大人の女性になりたいものだと思うけれど………こればかりは自力ではどうしようもない。
魔力量は増えているから、まったく成長しないわけではないと思うけれど、身体に関しては変わらない。
なにか、成長に関してきっかけのようなものが必要なのかな?
そもそも、わたしはなんなのだろう?卵生の、人型の魔物?そんなものありえる?
人型の魔物と言えば、吸血鬼が有名だよね。
でも吸血鬼は血に感染してなるもので、生まれながらの吸血鬼は始祖だけ。それに吸血鬼は陽の光に弱いから、陽の下を歩けるわたしは違うと思う。
じゃあ、なんだろう?突然変異とか?
神様なら、エッフェケルン・ベリオスなら、わたしが何者なのか知っているのかな?いつか会ってみたいな。
プリンを食べ終わり(4つも食べてた!)、暇を持て余したクロムは、談話室に戻ると言い出した。
談話室に残してきたガンフィのことが気になったのかもしれない。
バヌナケーキをメイド達に任せ、わたしはクロムに抱かれて厨房をあとにした。
う〜ん。クロムが甘やかすから、ちっとも筋力がつく気がしない。
談話室には、まだガンフィがいた。ソファにもたれて寝息をたてている。顔色は落ち着いていて、具合は悪くは見えない。毛布を掛けられているところを見ると、誰かが世話を焼いてくれたらしい。
その誰かは、もう談話室にはいない。
バーナビーとメイド達は厨房にいたし、ヴィルヘルム達は家具作りで忙しいだろうから、毛布を掛けてくれたのはユルドかな?
「クロム、どうしようか。ガンフィは寝ているから、他の場所へ行く?」
「そうだな。屋根裏部屋へ行くか」
「うん。あそこは景色がよく見えるから好きだよ」
というわけで、わたしとクロムは屋根裏部屋へやって来た。
屋根裏部屋の窓からは、雲を貫くエスカーレ霊峰と、世界樹が見える。今日も綺麗だ。