119 気分転換はお菓子作り
「ねえ、ラーシュ。あなたは、いまガンフィを斬れる?」
結局、わたしは直球で聞くことにした。遠回しに聞いても、ほしい答えが帰ってくるとは限らないから。
「………」
ラーシュはわたしを見たけれど、泣きそうな顔をしていて、まるで泣き濡れた子供のようだった。
「私は………」
私は?それから?
ラーシュは言葉が詰まったように動かない。
「ラーシュ、私は、直接陛下に会ってお言葉を聞きたい。そして、その上で判断してくれたらいいと思う。私が王の器ではないと、この国にとって害になるとそう思うなら、刃は私だけに。妻と子は見逃してほしい」
ガンフィが、一言、一言、噛みしめるように言った。その顔は、ラーシュに斬られることを受け入れているようにも見える。とても切ない顔だった。
「………私も、陛下のお言葉を聞きたい。なにが起きているのか、この目で、耳で確かめたい」
ラーシュは言葉を絞り出すように話した。
「いまは決められないってこと?」
「………そうです」
「ふうん。じゃあ、地下牢に入ってもらうけど、いいよね?」
「はい」
ラーシュはふらりと立ち上がった。目に力がない。王がガンフィの暗殺を指示したことが、よほどショックだったのかな。
「ご案内いたします」
ユルドが先に立って歩き、その後ろをラーシュがトボトボとついて行った。
地下牢は、隣の館の地下にある。だいぶ深いところにあるから、ユルドが戻って来るまで少し時間がかかりそう。
さてと。これからどうしようかな。
重い話で気分が落ち込んだし、気分転換がしたいな。
わたしにとっての気分転換と言えば、お菓子作りだ。なにがいいかな?さっきフィナンシェを食べたばかりだから、甘すぎないお菓子がいいな。
抹茶があれば、抹茶クッキーや抹茶ケーキを作れるけれど、抹茶はない。
抹茶って、どうやって作るんだっけ?たしか………茶の木の新芽だけを摘み、茶葉を蒸して、乾燥させて、選別して、石臼で挽くんだっけ?
紅茶の茶葉を石臼で挽いたらどうなるんだろう?………って、石臼はないのだけど。バーナビーかヴィルヘルムに頼んだら、石臼作ってくれそうだよね。
でも、紅茶の茶葉をお菓子に使うときは、そこまで細かくなくていいんだっけ?それとも、濃く煮出した汁を使うんだったかな?
いやいや。いまは作れないお菓子のことじゃなく、作れるお菓子を考えよう。
えーと。わたしがいま作れるのはスポンジケーキと、パンケーキ、アーモンドケーキ、リンゴのケーキ、フィナンシェ、プリン、アーモンドクッキーでしょ。
材料があれば、チーズケーキやバナナブレッド、ガトーショコラなんかも作れるけど、いまは材料が揃わないから後回し。
………ん?バーナビーが気を利かせて、材料を仕入れてくれたってことはないかな?チーズはあるんだし、クリームチーズもあるかもしれないよね?
ついでに生クリームもあれば、チーズケーキが作れる!
よし。食料庫を漁りに行こう!
「クロム、わたしは厨房に行ってくるね。クロムはどうする?」
「そうか。俺も行こう」
クロムは残りの紅茶を飲み干し、すっと立ち上がった。
そして、当然という顔でわたしを抱き上げて歩き出した。
「なにか作るのか?」
「うん。チーズケーキを作りたいんだけど、材料が揃っているかわからないから、確認してからね」
「チーズケーキ?」
「うん。材料を混ぜて焼くだけで出来るから、簡単にできるんだよ」
そうだ!底のサクサクした部分は、ビスケットがあれば簡単に作れるんだよね。でも、ビスケットはないだろうなぁ。まあ、底の部分がなくても美味しいからいいんだけど。
そもそも、クリームチーズと生クリームがないと、チーズケーキは作れないんだし。
厨房には、ふたりのメイドとバーナビーがいた。
「バーナビー、ちょうどよかった!聞きたいことがあったの」
「なんですか?」
「クリームチーズと生クリームはある?」
「いえ、それはありませんね」
「そっか。じゃあ、ついでだから聞くけど、バナナなんてないよね?」
バナナは南国の果物だ。運んで来るにしても時間がかかるし、普通に運んでいたら腐ってしまう。きっとないよね。
「バナナですか?バヌナの間違いではないですか?」
「え?」
「バヌナは、ほら、これですよ」
バーナビーがアイテムボックスから出してきたのは、紫色で丸い、始めて見る物体だった。これは、ナス??
「見た目はナスに似てますが、これで甘くてねっとりした果物なんですよ。試食してみてください」
そう言って、バーナビーは取り出したナイフを使い、器用にバヌナを手のひらの上で切り分けてくれた。
バヌナの中身は白く、バナナに似てなくもない。1切れ食べると、その味に驚いた。
「これ、バナナだよ!」
「だから、バヌナですって」
笑われてしまった。
でも、いい。バナナでもバヌナでもいい!これでケーキが作れる!