114 暗殺計画
「エル様、だめです!」
「なにが?」
「仕事を与えてもらって、家まで用意してもらって、これ以上していただくなんてだめです!」
それもそうか。与え過ぎはよくないよね。でもどうしよう。一度気になってしまった以上、なんとかしてあげたい。リーナ達村人のボロボロの服が気になってしょうがない。
獣人だって服は必要だし、その服がいまにも破れそうなボロでは、見ていて気分のいいものじゃない。
「ディエゴ、どうしよう?」
「では、こうしましょう。使用する布は麻とし、デザインもシンプルなものとします。その分手間は省けますし、服としての価値は低くなるでしょう」
「うん。それで?」
「出来上がった服は、労働の対価として譲るのです」
「それはいいね!ただあげるんじゃなくて、働いてもらったお礼としてあげるんだね?」
「左様です」
「じゃあ、それで決まりだね。リーナ、長にそう伝えてね」
「ええ!?」
「わたしは屋敷に帰るから、またね」
まだリーナ達がなにか言っていたけれど、無視してわたしは屋敷へと帰った。
屋敷へ帰ると、バーナビーは「仕事に戻ります」と言って去って行った。また、ヴィルヘルム達と一緒に部屋作りをするのかな?
わたしはディエゴに案内されて談話室に入った。前に来たときは殺風景だったけれど、談話室は窓が大きくとられていて、室内を明るく照らす陽の光が心地いい。
ひとり掛けのソファや、ふたり掛けのソファがいくつも置いてあって、くつろげるようになっている。
どのソファに座ろうか迷っているうちに、クロムがガンフィとラーシュを引き連れて現れた。その後ろには、ティーセットを乗せたワゴンを押したユルドもいる。
「クロム!」
クロムの脚に抱きつくと、自然な動きで抱き上げられ、ふたり掛けのソファに座ったクロムの膝の上へと座らさせられた。
「エル、楽しかったか?」
「うん。バーナビーってすごいんだよ。金属を、こう、水みたいに扱うの。薄く板にして、必要なところにぺたーと貼り付けてくれてね」
クロムは、わたしのヘタクソな説明を楽しそうに聞いてくれた。
ガンフィとラーシュは、それぞれクロムの向かいのソファに腰掛けている。
身振り、手振りでなんとか伝えようとしているわたしの様子を、微笑ましいものを見るような、生暖かい目で見ている。
そんなわたし達をよそに、ユルドはテーブルにお茶とお菓子を並べてくれた。
「お、フィナンシェか。これは美味いぞ」
クロムが嬉しそうに手を伸ばし、フィナンシェをぱくりと食べた。美味しそうでなにより。
「エル様。紅茶にはミルクとハチミツを入れますか?」
「ユルド、紅茶にはミルクだけ入れて」
フィナンシェが甘いから、紅茶は甘さ控えめがいいんだよね。
「かしこまりました」
わたしとユルドが話している間にも、クロムはフィナンシェをパクパク食べていく。残り少なくなったところで、ようやく自分しか食べていないことに気づいたのか、ぴたりと手を止めた。
わたしはユルドが淹れてくれた紅茶を楽しみながら、残り少ないフィナンシェをひとつ摘み、少しづつ食べた。
フィナンシェは焦がしバターの風味が生きていて、しっかりした食感がいいよね。でも、わたしにはちょっと甘いので、紅茶を飲みながら食べるのがちょうどいい。
わたしが食べ終わったところで、ディエゴが話を切り出した。
「今後の動きについて、ご報告がございます」
ガンフィとラーシュもいることから、ディエゴが言いたいのがふたりに関することだと察しがついた。
それまでのくつろいだ様子から、ガンフィとラーシュは姿勢を正して気合を入れた。
「なにか、王妃と姉上の動きがあったのですか?」
「『月影』が掴んだ情報によると、ガンフィ様の妻子の暗殺を企てているとのこと」
「なんだと!?」
「ガンフィ様の行方が知れず、生死もわからぬ状況の中、次の王太子候補にリドリー様を推す声が上がったのです」
リドリーって誰だろう?王位継承権を持つ誰かなのはわかるけど、聞いたことない名前だね。
「まだ幼い王子を王太子に据えて、傀儡にしようとする輩がいるのです」
「なんてことだ………」
「そんな話が持ち上がれば、ミルドレッド姫も穏やかではいられないでしょう」
そうだね。ミルドレッドにしてみれば、王太子を争うライバルが増えることになもんね。許せないと思う。
そうか。それで暗殺か!
「クロム様、エル様。リドリーとは、ガンフィの上の息子です。7歳ですが、父親不在の中、母と弟を支えようと頑張っていますよ」
「その暗殺は、まだ計画の段階なの?それとも、もう決行日が決まっているの?」
「ダフネが掴んだ情報では、暗殺は今夜、行われます」
「そんな!?」
ガンフィがヨロヨロと立ち上がり、膝から崩れ落ちた。
「ガノンドロフ殿下、お気を確かに!」
とっさにラーシュがガンフィの身体を支え、その身体をソファに戻した。
「ここからでは、どんなに急いだとて暗殺には間に合わない!妻子の危機だと言うのに、俺はなにもできないのか!」
ガンフィの悔しい気持ちはわかる。なにが起こるかわかっているのに、それを止めることができない不甲斐なさ。自分が許せない気持ちだろう。