110 罰ではなく、ご褒美
「エル様に褒められ、好意を向けられて、我ら一同、舞い上がってしまったのです。叫びたいほどの喜びで、その行動を抑えるため、エル様から視線を逸らしました」
「え、叫ぶ………?」
「はい。エル様に嫌われたくない一心で、自制心をフル稼働し、バーナビーを差し出そうとしたのですが。あとから聞けば、その行為も、エル様には威圧と取られてもおかしくない行動であったこと、反省しております」
ヴィルヘルムが恐かったのは、自分の感情を抑えるために努力していたせいってこと?わたしを嫌って、したことじゃないの?
「エル様を泣くまで追い詰めてしまったこと、誠に申し訳なく思っております。つきましては、如何様な処罰も甘んじて受ける所存です」
言いたいことをすべて言ったのか、ヴィルヘルムはすっきりした顔をしていた。
「………ヴィルヘルムは、わたしを嫌いじゃないの?」
「エル様を嫌うなどありえない。不肖ヴィルヘルム、エル様を敬愛しております。エル様にお仕えできることは望外の喜びにございます」
言いながら、ヴィルヘルムの顔が赤く染まっていく。ゴーレムが赤面するとか、ほんとうにどうなってるの?
「………他の皆も?」
「「「「「はい!」」」」」
顔を上げた他の騎士達やバーナビーも、ほんのり顔を赤くしている。
そんな反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「それで、エル。奴らをどうする。どんな罰が相応しいと思う?」
「罰なんて………そもそも、わたしが勝手に勘違いしただけだから、罰は必要ないよ。ちゃんと話していれば、こんなことにはならなかったんだから」
「そうだ。元はと言えば、奴らの言葉が足りなかったせいだ。そのせいで、エルが傷ついたのだ」
「そっか!そうだね、クロム。言葉が足りないなら、今度からはいっぱい話してもらえばいいんだよ」
「エル?」
「ディエゴ、ヴィルヘルム達への罰を決めたよ。わたしとたくさん話してくれること!それ以外は認めないからね」
わたしがそう言うと、ディエゴは困ったように笑った。
「それは罰ではなく、ご褒美ですよ」
そうかな?
今回のことでわかったけど、わたしは悪意に弱い。実際はヴィルヘルム達は悪意ではなく好意を感じてくれていたわけだけど。これからの長い人生で、悪意に触れずに生きていけるとは思えない。だから、いろんな人の感情に触れることが必要なんだと思う。
要は、いろんな感情に慣れるっていうこと。
それを説明すると、「エル様のためになるのなら………」とディエゴがヴィルヘルム達への罰を認めてくれた。
「それでは。エル様も落ち着かれたことですし、朝食を召し上がられますか?」
「ううん。お昼にいっぱい食べるからいいよ」
「左様ですか」
「クロムはどうする?」
「あとで、エルが作った菓子を食べる」
ふふ。クロムはお菓子が好きだもんね。
「今日はフィナンシェとプリンがあるから楽しみにしていてね」
「ああ。エルが作るものはなんでも美味いから楽しみだ」
そして、クロムとはここで別れて、わたしはディエゴと畑へ行くことになった。
わたしが寝ている間に種まきは終えてくれていたみたい。あとは魔力を流して成長させるだけ。そうすれば、すぐに収穫できる。
まだ揃って正座しているヴィルヘルム達をその場に残し、わたしとディエゴは畑へ移動した。
またも畑に埋まっていたギベルシェン達に出てきてもらい、魔力を薄く広く、畑全体に流す。畑に植わっている種は一斉に発芽し、緑の芽が伸び、大きく成長していく。
色とりどりの花が咲き、たわわに身が成り、実はちょうど食べ頃に熟したところで成長が止まった。
「素晴らしい。エル様は植物魔法の扱いに長けていますね」
畑には、かぼちゃにナス、大根など、これまで植えてなかった野菜もあった。整然と並んでいるから、とても見やすい。
「それでは、畑はギベルシェンに任せて、次は家を建てに行きますよ」
「はーい」
畑に来るまでの間にディエゴに聞いたのだけど。彼は長と話し合い、家の建て替えと同時に村の整備も行うことにしたらしい。
いまの村は、その昔、クロムが悪意ある者が立ち入れない結界を張り、その結界からはみ出ないように建物が建てられている。家の造りは粗く、広場はあるけれど特に道というものはない。とても乱雑な作りをしている。
だから、この際、村を整備しようということになったらしい。
そうすると、いまの結界を出てしまう家もあるけれど。現状、フォレストキャットが縄張りを主張し、クロムが気配を垂れ流しにしているおかげで村を襲う馬鹿な魔物はいない。魔物は、自分より上位の者は本能的に避ける傾向があるからね。
それに、もし襲って来てもギベルシェンだけで対応ができる。
それにね。村が新しい形になれば、またクロムに結界を張ってもらうらしい。
結界は、円形にしか張れない。なので、村は自然と円形になる。だから、広場を中心に放射状に家を建てて道を作るんだって。
その家を建てるのはわたしなんだけどね。