109 美幼女
「これは推測だがな。奴らはエルのことを嫌いっていない。むしろ、気に入っていると思うぞ」
「どうして?」
「エルは可愛いからな。笑顔を向けられて、照れたのだろう」
「またまた〜。可愛いなんて大げさだよ。わたしはどこにでもいるフツーの顔立ちだよ」
「………鏡を見たことはあるか?」
クロムが呆れている。
「ない」と答えれば、クロムはため息をつき、わたしを抱き上げて隣接するクローゼットへ向かった。
クローゼットには木枠の大きな姿見があって、そこには相変わらず美しいクロムと、クロムに抱きかかえられた少女が映っていた。
少女は水を映したような青い瞳と、青味がかった銀色の肩までの髪をしていた。泣き腫らしたのか、白い肌の中で赤い目元が目立つ。幼いけれど、顔は整っていて可愛らしい。将来は、さぞ美しく成長することだと思う。驚いたような表情も、可愛らしいと思う。
そして、その少女が着ているワンピースは、わたしが魔力で作り上げた物と同じだった。クロムとお揃いのゴツいブーツも履いている。
鏡の中で、クロムが少女の頭にキスを落とした。
不思議なことに、わたしの頭にもクロムが触れた感触がある。
「クロム、この女の子は………」
「エルスヴァーンだ」
「これがわたし………?」
わたしがふにゃりと笑うと、鏡の中の少女も頼りなげに笑った。信じられないけれど、どうやら、これがわたしらしい。
「もう一度言うぞ。エルは可愛い。エルに笑顔を向けられて、奴らは照れて視線を逸らしたのだ」
「………」
コレがわたしだとすると、確かに全力の笑顔は破壊力が高いだろう。
美少女………ううん、美幼女の笑顔は、ゴーレム達にとって威力が高すぎたらしい。
それにしても。やっぱり、揃って視線を逸らすことはないと思う。ヴィルヘルムの圧も恐かったし。
「エル、落ち着いたか?今日の予定はキャンセルでいいか?」
「今日の予定?………あ、ディエゴと色々やる予定だったんだ!クロム、いまって何時かな?まだ、間に合うかな?」
「行くのか?それなら、その顔を治してやろう」
クロムはわたしを下に降ろすと、大きな手でわたしの目元を覆った。じんわりとぬくもりが伝わってきて、ひりついていた目元が癒やされていくのを感じた。
「ありがとう」
「いや、いい」
「ディエゴはどこにいるかな?」
ディエゴに会って、予定を組み直さないと。
「廊下にいる。会うか?」
「うん」
忙しいだろうに、どうしてディエゴは廊下にいるんだろう。廊下でやることなんてあったかな?
クロムは再びわたしを抱き上げると、クローゼットから廊下へ繋がる扉を開けた。
「うわっ!」
廊下には、ディエゴだけじゃなくバーナビーやヴィルヘルム達騎士も勢揃いしていた。しかも、ディエゴ以外は頭を床に擦り付けるようにして土下座している。
「ど、どうしたの?」
「私の管理不行き届きで、エル様にはご不快な思いをさせたこと、誠に申し訳ありません」
ディエゴは腰を折り、深々と頭を下げた。
「ええと………?」
「なにがあったか、話は聞きました。私共の失態です。今後、ヴィルヘルム達はエル様のお目に触れぬようにいたします」
「それって………ヴィルヘルム達がわたしのことを嫌いだから、わたしに会わないようにするってこと?」
ううっ。自分で言っていて、心が痛い。
ディエゴはフッと笑った。それは、わたしを馬鹿にしたものではなく、労るような、優しい笑みだった。
「よいですかな?エル様、誰もあなた様のことを嫌ってなどいませんよ」
「でも………」
「ヴィルヘルム達は愚かですが、エル様にお仕えすることに喜びを感じております。エル様は私共に気を遣ってくださる心優しい主様ですから、当然のことです」
「だけど、皆揃って視線を逸らしたし、ヴィルヘルムは威圧してきたし………」
「それは申し訳ありません。あとで厳しく罰します」
ディエゴは再び頭を下げたあと、自分の後ろで土下座しているヴィルヘルム達を睨みつけた。
びくり、とヴィルヘルム達の肩が震えた。
「ヴィルヘルム、弁解の機会を与えます。自分の口で説明しなさい」
「は、はい!」
返事をして、ヴィルヘルムはそっと顔を上げた。
その顔を見たとたん、ヴィルヘルムに威圧されたことを思い出して身体が固くなった。それを感じ取ったクロムが、優しくわたしを抱き締めてくれた。
「エル様、大変申し訳ありませんでした。不甲斐ないことですが、私は未だ己の感情をコントロールする術が未熟でして」
うん?ゴーレムなのに感情のコントロールが未熟なの?
今更だけど、ヴィルヘルム達はゴーレムなのに高い知能を持っているし、それぞれ自立した思考回路を持っているように感じる。
それぞれが、独立した人格(ゴーレム格?)を持っていて、誰かが指示しなくても自分の意思で動くことができる。人工的に造られたのに、これってすごいことじゃない?
誤字脱字があったら教えてください。